蒼へ沈む
――違う。罪悪感なんかじゃない。私はただ、燈矢が好きなの。
本当は、そう叫んで、彼の腕の中にみっともなく縋り付きたかった。
恩義も、身体のことも、親の反対も、全部私がどうにかするから。だから私を一人にしないでと、子供のように泣きじゃくりたかった。
それでも。私の中で警鐘を鳴らす『大人の私』が、その言葉を喉の奥へ残酷に押し留めた。
どうしようもないのだ。
彼と、何を捨ててでも一緒にいたいと願うなら。私は、15年前のあの時――彼が一番私を必要としていた、あの暴風雨の病室で、それを望むべきだったのだ。
大人になって、医者という安定した肩書きや、自分一人で生きていける力を手に入れた『今の安全な私』が、何を捨ててでもなんて言ったところで、それはただの傲慢な自己満足でしかない。
一番大切だった分岐点は、15年前にとうの昔に過ぎ去っている。
もう全てが、きっと遅いのだ。取り返しなんて、つかないのだ。
「……っ、ふ……」
私は大きく息を吸い込み、頭に置かれた彼の手を、自分の両手でそっと包み込むようにして下ろした。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を乱暴に拭い、目の前の彼を――私を愛し、私を赦し、そして私を手放す覚悟を決めた、たった一人の大切な人を、真っ直ぐに見つめ返した。
「……分かった」
震えを殺した、静かな声だった。
「……ありがとう、燈矢」
私を赦してくれて。
私の背中を押してくれて。
そして、15年前のあの日からずっと、私の心の中にいてくれて。
「……貴方と一緒に過ごせて、本当に良かった」
それは、私の初恋への、完全な終止符だった。
私が最後に向けた、精一杯の、そしてもう二度と交わることのない微笑みを見て。燈矢は一瞬だけ泣きそうな顔を歪め、それから、観念したように深く、静かに頷いた。
カラン、と。
夕暮れ時よりもずっと重たく、冷たいベルの音を残して。
私は、彼のいる『汐灯』のドアを背に、夜の町へと一人で歩き出した。