蒼へ沈む
燈矢とは、きっともう二度と一緒にはなれない。
あの17歳の夏。町で唯一の診療所の娘と、ただの漁師の倅だった彼。本来なら交わるはずのなかった二人の道が、何かの偶然のいたずらでたまたま、ほんの短い間だけ交差しただけだったのだ。
彼はもう、私を拒絶している。
そう自分に言い聞かせた時、父が何度も持ち込んでいた縁談を、一つだけ受けてみようという気になった。
町で一番格式高い料亭の個室。
向かいの席に座る網元の息子である臼井さんは、噂通りの知性的で穏やかな、非の打ち所がない立派な青年だった。
「この町の漁業も、旧態依然としたやり方ではいずれ限界が来ます。だからこそ、最新の冷凍技術を導入して……」
彼は、今後の海外展開を見据えた水産資源のビジネスモデルや、船団の資金繰りについて、深い思慮と熱意とともに語ってくれた。
彼の目は確かに未来を見ていた。医者である私の立場も尊重してくれ、町のために共に尽力しようという真摯な姿勢には、何の不満も抱きようがなかった。
「素晴らしいお考えですね。私も、この過疎化が進む町の医療をどう支えていくか、日々模索しているところで――」
私も彼に応えるように、地域医療の連携や訪問診療の拡充について色々と語った。
けれど、自分の口から滑り出る言葉はひどく空虚で、温度がなく、それはあくまで『模範的で教科書的なこと』を述べているに過ぎなかった。
目の前の彼が、論理的で正しい『海』の未来を語れば語るほど。
私の頭の片隅には、潮風の匂いがする図書室で図鑑を開いていた、17歳の燈矢との記憶がずっと、波のように打ち寄せては引いていた。
『なぁ夏菜。水深100メートルって、どんな色をしてると思う?』
あの人が目を輝かせて語ってくれた夢は、利益も、ビジネスモデルも、将来の安定も、何一つ保証してくれるものではなかったけれど。
そこには、目の前の彼が語る理路整然とした計画なんかよりもずっと深い、狂おしいほどの『海そのものへの深い愛』に満ちていた気がするのだ。
資源でもなく、お金でもなく。
ただ純粋に、人間の限界を超えた深淵の青に魅入られ、海と共に生きようとした無邪気な少年の魂。
綺麗に盛り付けられた懐石料理を見つめながら、私は自分の心が、目の前の立派な青年の声など少しも聞いていないことに絶望していた。