蒼へ沈む

4.3




その日は、夜からひどい嵐になるという予報が出ていた。

お見合いの席から実家へ帰り、温かいリビングのソファに腰を下ろす。

私の帰りを待っていた父も母も、心底ほっとしたような、穏やかで嬉しそうな笑顔だった。

町で一番の網元の御曹司であり、非の打ち所がない立派な青年。彼を相手に選んだ娘を誇らしく思うような、純粋な親心の笑顔で、彼らは私に聞いてきた。

「……どうだった? 臼井さんは」

二人の優しい声が、私の胸を真綿で首を絞めるように苦しめる。
私は膝の上で、冷え切った両手をきつく握りしめていた。この部屋の中で、私だけが、どうしても笑うことができなかった。

この場で。
「とてもいい人でした」「あの人となら、前向きに考えられます」と、そう微笑んで頷くことができる『出来のいい娘』であったなら。どんなに親を安心させ、私自身も楽になれただろう。

完璧な条件の相手と結ばれ、誰からも祝福される真っ当な幸せ。それが目の前に用意されているというのに。

窓ガラスを、パラパラと強い雨粒が叩き始めた。

嵐が、来る。
私は、膝の上の手を白くなるほど強く握り込み、ゆっくりと顔を上げた。
期待に満ちた両親の顔を見据えて、私の震える口をついて出た言葉は。

「……ごめんなさい」

静かなリビングに落ちたその謝罪に、父と母の笑顔が、ピタリと凍りついた。

「どういう、ことだ。……夏菜?」

「……私、他に……どうしても、好きな人がいるの」

息を呑む両親の前で、私はもう、自分の心に嘘をつくのをやめた。

胸元にある夜明け色のシーグラスが、私に真実だけを突きつけてくるから。私は、あの不器用で、左脚を失って、それでも優しすぎる嘘で私を自由にしてくれようとした、あの人の隣でしか息ができないのだ。

「その人と、一緒になれるかはわからない。……ううん、彼にはもう、突き放されてしまったから。きっと結ばれることはないんだと思う」

声が震え、視界が涙で滲む。それでも、私は言葉を紡ぎ続けた。

「でも。……その人と一緒になれないのなら。妥協して、自分の心に嘘をついて違う誰かの隣で生きるくらいなら」

雷鳴が、遠くの空で低く轟いた。

「私は一生、一人の方がマシだって思うの」

親の庇護も、世間体も、保証された未来も。彼以外のものなら、全部捨てて構わない。



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