蒼へ沈む
時計の刻む音さえ聞こえないほどの、静寂。
期待に満ちていた父と母の笑顔は、まるで仮面のように凝固し、私の予想外の言葉に、ただ呆然と戸惑うことしかできないようだった。
けれど。父が何かを言いかけるより早く、私の心はすでに決まっていた。
15年間、親の期待に応える『いい子』として生きてきた。でも、心臓の奥にある、あの夜明け色のシーグラスだけは、嘘をつくことを許してくれなかった。
私はもう、自分の心に嘘をついて、違う誰かの隣で息をすることなんてできない。
私は、動揺する両親をよそ目に、ソファからすっと立ち上がった。
足元は少しふらついたけれど、視線は真っ直ぐに、玄関のドアだけを見つめていた。
一歩、また一歩。
立派な調度品が並ぶ、温かくて安全な、けれど私にとっては息苦しい牢獄だったこの家を、私は自らの足で踏み出していく。
「夏菜……っ、待ちなさい! どこへ行くつもりだ!」
雷鳴が、家全体を揺らすように轟いた。
その音に混じって、背後で父が呼び止める、狼狽した声が聞こえた気がした。
それでも、私は止まらなかった。
一度でも振り返れば、またこの温かさに甘えて、彼の手を離してしまうかもしれない。15年前のあの夏のように、臆病な子供に戻ってしまうかもしれない。
それは、死ぬことよりも恐ろしいことだった。
玄関のドアノブを掴み、一気に押し開ける。
「……っ!!」
開けた瞬間、外の世界の狂気が、私を襲った。
横殴りの雨が、まるでバケツをひっくり返したかのように降りしきり、傘などさせないほどの暴風が、私の身体を押し戻そうと吹き荒れている。
街灯の光は雨に煙り、視界は最悪だ。
けれど。私はその冷酷な嵐の中へ、迷うことなく身体を投げ出した。
冷たい雨が全身を叩きつけ、体温を一瞬にして奪っていく。ブラウスは肌に張り付き、髪は乱れ、靴の中は水浸しになった。
けれど、不思議と怖くはなかった。心臓の奥にある、彼へのどうしようもない愛おしさと、彼を一人にはしないという覚悟が、炎のように熱く燃え上がっていたからだ。
私は、嵐の中を、ただひたすらに走り出した。
滑る足元を気にすることもなく、息を切らし、涙と雨水の区別もつかないまま。
私の魂の片割れのもとへ。
彼にーー私の全てを、もう一度、ぶつけるために。