蒼へ沈む
俺が戸惑いの声を上げるより早く。
ずぶ濡れの彼女は、弾かれたように俺の胸ぐらを――かつて、鯨の骨のネックレスが隠されていたシャツの胸元を、両手で強く、すがるように掴んできた。
「……なんでわたし、こんなに燈矢のことばっかりなの」
雨音を切り裂くような、悲鳴に近い声だった。
俺の胸に額を押し当て、震える彼女の口から、堰を切ったように本音が溢れ出す。
「『あれで良かったんだ』って、燈矢は言ってくれた。……私も、そう思おうとしたの。あの優しい言葉を受け入れて、全部、綺麗な思い出にして生きていこうって」
彼女の冷たい指先が、俺の胸元のシャツを限界まで強く握りしめる。
「でも、無理だった。結局、誰といたって、誰と見合いをしたって、私は貴方のことを思い出すの。15年前からずっと、私の心には貴方しかいないの!」
「夏菜……」
「お願い、燈矢。……ただの思い出なんかにさせようとしないで」
ポロポロと崩れ落ちる涙が、雨水と一緒に彼女の頬を伝い、俺の胸元を濡らしていく。
「これなら……貴方に拒絶されて、過去を捨てられるくらいなら。あのまま、消えない『傷跡』のほうが、ずっとましだった……っ」
その言葉が、俺の心臓を物理的に殴りつけたような気がした。
あの時、俺は自分の劣等感と優しさで、彼女を自由にしてやったつもりでいた。
でも、彼女はそんなことよりも俺と繋がっていたかった?
……それじゃ、まるで、俺とどんなに歪な形でも一緒に居たいって言ってるみたいじゃないか。
まるで、罪悪感なんてなしに、俺のことを本気で愛している、みたいじゃないか。
「お願いだから……っ、俺を見捨てたお前なんか嫌いだって言って! 私のせいで脚を失ったんだって、私を一生恨むって言ってよ……!」
彼女は俺の胸にすがりつき、呼吸すら忘れたように泣きじゃくりながら、決定的な呪いの言葉を叫んだ。
「もう、私のことなんか、一生、許さないで……っ!!」
悲痛な叫びに隠されているのは、もう疑いようのないほど深い愛情だった。
それを認めた瞬間、彼女に抱いていた狂おしいほどの想いが堰を切ったように溢れ出すのを、自分でも止められなかった。