蒼へ沈む



「……夏菜」

名前を呼ぶ声は、自分でも驚くほど低く掠れていた。
震える細い肩を力任せに抱き寄せると、雨に濡れた彼女の躰は、まるで人魚のようにひどく冷たかった。
同時に、触れた自分の身体が、想像を遥かに超えてひどい熱を帯びていることに漸く気づく。

凍える彼女へ体温を直接分け与えるように、深く、確かめるように口付ける。

やがてゆっくりと唇を離すと、彼女は暗い水底から息を吹き返したかのように、切羽詰まった荒い呼吸を吐き出した。潤んだ瞳が、すがるように俺を見上げている。

純粋なまでの衝動。

心の底から湧き上がるこんな暴力的な感情に突き動かされるのは、一体もう何年ぶりか分からない。


それなのに。



彼女の柔らかい髪に指を絡ませながらも、この期に及んで『逃げ道』を探している自分が、心のどこかに確実に存在している。無意識のうちに、義足である左脚を彼女から遠ざけようと重心をずらす、惨めで卑屈な大人の自分が。

18歳の俺なら。

あの図書館で同じ本を開き、彼女と俺は同じ町で産まれて、同じ海を見てきた人間なのだと、痛いほど純粋に信じていた俺なら。きっと何も迷わずに、彼女のすべてを奪って、力強く抱きしめていたはずなのに。

「……っ」

俺は、失われた左脚の鈍い疼きを奥歯で噛み殺し、すがるような彼女の背中に、ただ不器用に腕を回すことしかできなかった。



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