蒼へ沈む
彼ーー桐野燈矢さんと初めて出会ったのは、潮の匂いが染み付いた、町の小さな図書館だった。
私は親の方針で、汐鳴の町から電車で一時間ほどかかる私立中学に通っていた。そのため、地元に友達と呼べるような存在は殆どいなかった。
おまけに「町で唯一の診療所の娘」なんて立場がうまく手伝って、昼間に学校をサボって図書館の片隅に座っていようと、私が咎められることは一度もなかった。
司書の人も、近所の大人たちも、腫れ物に触るように私を見て見ぬふりをする。誰も私を叱ってくれないということが、この町での私の孤独を何よりも証明していた。
古紙の匂いが漂う、薄暗い静寂の中。
窓際の席に座るその人の姿は、ひどく浮いていた。
彼が着ていたのは、地元の水産高校の制服だった。
襟元は少し乱れ、窓から差し込む光を反射する綺麗な金色の髪が目を引いた。不良と呼ぶには静かすぎたが、それでも彼の存在の全てが、図書館という埃っぽい空間には凡そ不釣り合いだった。
交わるはずのない、違う世界の住人。
そう思って目を逸らそうとした時、彼の手元にある本のタイトルが見えた。
彼が熱心にページをめくっていたのは、ジャック・マイヨールの自伝的エッセイだった。『イルカと、海に還る日』。
深く、青く。文字通り、海とひとつになることを望んだ男性の独白。
少しだけ日に焼けた彼の横顔は、活字を追っているというより、まるでここではない遠い海の底を覗き込んでいるみたいに、真剣で、どこかひどく寂しそうだった。
それが、私と燈矢さんの初めての出会いだった。