友情結婚って決めたのに 隠れ御曹司と本気の恋をした結果

　――私は気にしていないけど、この出版社は何かと年功序列に厳しい職場だからなぁ……。

　伊瀬谷くんは繊細というか、影が薄いと言うか……。
　儚げな印象を与える、落ち着き払った寡黙な男性だ。
　誰に対しても明るく元気に声をかけ、他人の迷惑すら顧みずに当たって砕けろの精神でぶつかっていく自分とは訳が違う。
　私と2つしか年齢は変わらないが、怒鳴りつけられたら辞めそうな今どきの若者って感じがする。
　これ以上の無理強いは、避けるべきだ。

「待たせてごめんね。さっそく、打ち合わせを始めよっか？」
「はぁ……」

　私は何事もなかったかのように作り笑顔を浮かべると、あまり気乗りしていなさそうな部下を対面の席へ座るように促す。
　彼が渋々腰を下ろしたら、打ち合わせのスタートだ。

「今日はどこまで進んだ？」
「予定通りです」
「トラブルは？」
「ありません」
「よかった」

　伊瀬谷くんは淡々とこちらの質問に答えているが、ずっと浮かない顔をしていた。
　まさしく、心ここにあらずと表現するのが相応しい状況だ。

　――そんな状態でも言いたいことを伝えておかなければ、後々の作業に支障が出てしまう。