私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
「はい……」

なんだろう、このどこか甘くて、一度聞いたら忘れないような、特徴的な声は。どこかで聞いたことがあるような。

胸の奥に、小さな魚の骨が引っかかったような、微かな違和感が広がる。

手に持っていた雑誌はいつの間にか膝の上に置き去りにされ、私は鏡越しに、軽やかに動く彼女の手元から、目が離せなくなっていた。

いや、正確には、彼女そのものから目が離せなかった。

「どちらから来られたんですか?」

美容室で交わされる、当たり障りのない世間話。鏡越しに向けられた完璧な笑顔に、私は思わず目を逸らした。

「三茶です……最近一人暮らしを始めたばかりで」
「そうなんですか! 私もその近くですよ」
「どちらなんですか?」

間髪入れずにそう質問してしまった自分に、少し驚く。彼女はそんな私の食い気味な問いに、少しだけ口元を緩ませた。

「中目黒です」

……ドクン。心臓が、大きく、嫌な音を立てた。

中目黒……。涼介と同じ。まさかね。違うよね。そんな偶然あるはずない。

「急に寒くなってきましたよね。さっき雪がちらついてましたよ」

彼女の穏やかな声が、やけに遠くに聞こえる。ざわつく胸を抑えるように、私は目の前に置かれたコーヒーカップを両手で掴み、こくりと喉に流した。

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