私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
カチッ、と音がして、ケトルが沸騰を告げているのに、そのお湯を注ぐことさえできない。

思考が停止し、ただ背中から伝わる彼の体温と、耳を打つ心臓の音だけが、自分の中で大きく鳴り響いていた。

「お前の泣く顔はもう見たくない」
「なに、急に……」
「俺でいいだろ。俺にしとけよ」

不意に放たれた、不器用だけど、どこまでも真剣な言葉。 その意味を理解した瞬間、かぁっと顔中の血液が沸騰するような、熱が集まってくるのが分かった。

それはどういうこと? 一ノ瀬、まさか私のこと……。

ううん、まさかそんなはず。きっとからかっているに決まってる。

いつだって、私を馬鹿にして笑っていた一ノ瀬だ。私の困惑した顔を見て、笑ってやろうと企んでいるに違いない。

「もう、どうせからかってるんでしょ。わかってるよ。ほら、コーヒーいれるから座ってて」

必死に平静を装い、やんわりと彼の腕を押し返そうとするが、回された腕は、まるで鋼鉄でできているかのように、ぴくりとも動かない。

ごつごつとして、大きな手。私をすっぽりと覆ってしまう、広い胸。背中から伝わる、彼の燃えるような体温。

圧倒的なタフさで、男らしさを感じる。自分とは、全く違う生き物なんだと、嫌でも痛感してしまう。

「ねぇ、いち……」
「お前が幸せならそれでいいと思ってた。でももうただ黙って見守るのやはやめる」

耳元で囁かれた彼の低い声に、思考も、体も、全てが縫い付けられたように動けなくなる。

「いつからかって聞かれたらわからない。でもたぶんずっと、お前のことが好きだ」
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