私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
そしてその唇が一瞬だけ、何かを形作るように、ぱくりと動いた。だが、その言葉が音になる前に、ドアはパタンと冷たい音を立てて閉ざされた。

「……っ」

徐々に遠ざかっていく、彼の足音。その一歩一歩が、私の心臓を直接踏みつけていくかのよう。音は徐々に徐々に小さくなり、やがて建物の深い静寂の中に、完全に飲み込まれて消えた。

……ねぇ、一ノ瀬。

最後に、なんて、言ったの?


「凛、待たせてごめん。会いたかった」

彼の腕の中に、すっぽりと収まる。これが私がずっと待っていた瞬間のはずなのに。この腕に、もう一度、抱きしめられたかったはずなのに……。

どうしてだろう。心臓のあたりが、ざわざわと落ち着かない。

「どうかした?」

私の戸惑いを、彼は敏感に感じ取ったのだろう。なんでもないと首を振る私の頬を、涼介の手が優しく包み込む。

「いっぱい泣かせて、ごめん。もう、絶対に離さないから」

久しぶりに感じる、彼の指先の感触。私の頬を伝う涙ごと、彼の唇がそっと重ねられる。少しだけ、しょっぱい味がした。

ロマンチックなはずのキス。なのに、私の瞼の裏にちらつくのはなぜか去り際に見た、あいつの顔。

「あいつと、何かあった?」

唇がゆっくりと離れ目を開けると、目の前に不安げな表情を浮かべた涼介の顔があった。

「え? ないよ、何も」

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