私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
『俺も会いたい。今、代々木公園の噴水前にいる。そこで待ってる』
スマートフォンの画面に表示された、信じられない文字列。代々木……? え、どういうこと?
混乱する私の頭の中で、いくつもの「なぜ?」が嵐のように渦を巻く。だけどそんな論理的な思考よりも、今から会えるという歓喜に変わる。
早く会いたい。会って一秒でも早くあいつの元へ行きたい。
窓の外を流れる見慣れた東京の景色が、今はもどかしいほどにゆっくりと感じられた。
バスが新宿駅に着くと、私は転がるように降車し、公園を目指して走った。
一ノ瀬、本当にいるの? 夢じゃないよね?頭の中は、喜びと信じられないという混乱でぐちゃぐちゃ。
お洒落をした若者たちが、奇妙なものを見るような目で私をちらりと見て、避けていくのが分る。
走るたびに整えたはずの髪がぐしゃぐしゃに乱れて頬を打つのも。オフィス用のパンプスが、カツカツとアスファルトを叩き、足の裏に悲鳴を上げているのも。肩にかけたバッグが、何度も何度も腰にぶつかるのも、全部どうでもよかった。
今の私の世界にはただ彼に会うという、その一つの目的しかない。
10分ほどで公園の入り口に着くと、枯れ葉が落ちた石畳の上を再び走った。
「はぁ、はぁっ……」
息が切れる。心臓が、痛い。額には汗が浮かんでいる。
目的の噴水が見えてくると、私の足は自然と速度を落とした。
噴水の周りには、談笑するカップルや犬の散歩をする老人、絵を描く学生など、たくさんの人で賑わっている。
その平和な日常の風景の中から、私は必死にたった一人の姿を探した。
いない……。どこにも見当たらない。やっぱり、何かの間違いだったんだろうか。期待が大きすぎたせいで、見間違えた夢だったんだろうか。
そう思った瞬間、全身の血の気が引き、足がその場に縫い付けられたように動かなくなった。
噴水のちょうど真向かい。大きなケヤキの木の下のベンチに、見慣れた広い背中を見つけた。
黒いジャケットに、少しだけ癖のあるダークブラウンの髪。ポケットに両手を突っ込み、彼はただじっと、噴水の水が放物線を描いて落ちていくのを眺めている。
間違いない。一ノ瀬だ。