私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
◇◇◇

木々の影が長く伸び始めた昼下がり。私は病院の中庭にある古びた木製のベンチに一人座っていた。

周囲には、季節の花が植えられた小さな花壇があり、夏のはじまりを喜ぶかのように、蝉の声が降り注いでいる。

私はぬるくなった紙コップのコーヒーを両手で包み込むように持ち、ただぼんやりと足元の敷石を見つめていた。

「こんなとこで油売ってんのか」

不意に落ちてきた影と声に顔を上げると、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ一ノ瀬が呆れた顔で立っていた。

「どうした。元気ないな」
「……そんなことないよ」

一ノ瀬は返事もせず、隣にどかりと腰を下ろす。彼の重みで、古びたベンチがぎしりと鳴った。

「菜穂も言ってたけど? お前が上の空だって」
「いやぁ……ほら、最近急に暑くなったでしょ? たぶん夏ばて」
「ふーん」

必死に取り繕うとしたせいで、無駄に口調が早くなってしまった。

まずいと内心焦る私を、一ノ瀬はじっと疑うような目で見ている。

その沈黙に耐えきれず、さらに言葉を重ねた。

「そういえば、もうすぐ夏休みでしょ? 一ノ瀬は何するの? またバイクででかける予定?」
「まだ決めてない」
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