私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
「コーヒー淹れるね。凛が好きだって言ってた豆、買っておいたんだ」

そう言うと、涼介はキッチンへと入っていった。

彼は慣れた手つきでコーヒーの準備を始めた。豆を挽く機械的な音が、重たい沈黙を切り裂いていく。

やがて、二つのマグカップがテーブルに置かれた。立ち上る湯気の向こうで、涼介の表情は揺れて見えない。

「昨日は、本当にごめん」

彼が切り出した。

「凛のせいじゃない。全部、俺の問題なんだ」

私は熱いマグカップを両手で包み込んだ。指先に伝わる温かさが、かえって心の冷たさを際立たせる。

「今度、ちゃんと時間を作る。その時に、きちんと話す」
「……っ」

その真剣な眼差しに、私はそれ以上何も言えなくなった。胸の奥には、さらに不安が広がる。

「……少し時間がほしい。本当にごめん」

その煮え切らない態度に、胸は苛立ちと悲しさで張り裂けそうだった。

私は一口だけ、苦いコーヒーを喉に流し込んだ。これ以上ここにいても、無駄な時間と苦しさが増すだけだ。

静かにカップを置くと、椅子を引いて立ち上がった。

「帰るね」

その声には涙の代わりに、冷たい諦めの色が滲んでいた。

彼のマンションを出て、冷たい空気に触れた瞬間、涙がこぼれ落ちた。彼は追ってこない。

涼介の言った「話したいこと」が、私の望むものではないという嫌な予感だけが、胸の中に重くのしかかっていた。

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