私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
「だいたい、お前を泣かせて平気な男のために、お前が泣く必要ないだろ。時間の無駄」

その不器用だけど、どこまでも真っ直ぐな言葉が、私の心の迷いを断ち切る。

「……そう、だね」

彼の言葉に頷くというよりも、自分自身に頷きかけるように小さく、はっきりと返事をした。じわじわと、腹の底から覚悟が決まっていくのを感じる。

このまま逃げていたって何も解決しない。 涼介ときちんと向き合って、この曖昧な関係に私自身の手でけじめをつけよう。

「ありがと、一ノ瀬。涼介と話してみる」

その声は自分でも驚くほど静かで、そして強かった。

彼は私の視線から逃れるように、ふいと顔をそむけ、ぶっきらぼうに言った。

「別に。俺は何もしてない」
「ううん、勇気でたよ」
「間に受けんな、バーカ」
「バカって言うな、バーカ」

軽口を叩き合っていると、私の口元には自然と笑みがこぼれていた。

一ノ瀬はバイクに跨ると、一度だけこちらを振り返り、ヘルメットの奥から「じゃあな」と短く告げて走り去っていく。

赤いテールランプが夜の闇に吸い込まれて、やがて見えなくなった。

一人きりになったマンションの前に、心地よい沈黙が訪れる。

初夏の夜風が、涙の跡が残る私の頬を、まるで「もう泣かなくていい」とでも言うように、優しく撫でていった。

その夜、私は涼介にメッセージを送った。

「次の日曜日、会えますか?」

例えどんな結果でも、もう目をそらさないと心に決めて――。
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