悪女は穏やかに眠りたい ~『天使の寝顔』は追放先で溺愛される~
 もちろん、彼の認識が間違っていると声を大にして主張することはしない。そんなことをすれば、私が歯を食いしばって揉み消してきた事情が晒されてしまうから。

 私の仕事は、国の『影』だ。由緒正しき王族が手を汚さずに済むように、汚れ仕事を一手に引き受ける。それがグロースター公爵家の長女としての、私の義務であり、誇りでもあった。

 しかし私の婚約者は、その『影』の存在すら気づかない。セシリア嬢の自作自演の泣き落としにまんまと引っ掛かるほど彼は愚かで、そして…私に関心がなかった。

「アメリア、お前は悪魔だ」

 クリストフ殿下の言葉を聞きながら、私は必死に眠気と戦っていた。場違いだとは分かっている。でも私だって人間だ。限界はある。

(ああ、眠い。もう限界。昨日も結局、徹夜で国境警備の予算をごまかす貴族の監査資料をまとめていたっけ。あまりにも顔色が悪かったから普段より念入りに化粧を施しているけれど、目の下の隈は隠しきれているのかしら)

 化粧をとった私の顔色はきっと酷いものだろう。この数年、まともに眠れた夜はない。夜な夜な舞踏会を抜け出しては、机に向かう日々。私は誰からも理解されない孤独な戦いを、ずっと続けていた。

 それが責務だったから。
 大多数を守るための犠牲としての、自覚も覚悟もっていたから。

 ……我慢、できていたから。

「婚約破棄の件、承知いたしました」

 私は深く頭を垂れた。もう無理だろう。悪女と罵られるのならば、最後までそう振る舞ってやろう。

「しかし、殿下。グロースター公爵家は、長きにわたり王国の平和を支えてきた家柄。この度の破棄が、我が国の外交に与える影響は計り知れません。王国内部の問題として処理するには、いささか無理がありましょう」

 最後に1つだけ、国への忠誠心から進言する。
 その瞬間、クリストフ殿下が笑った。馬鹿にするような、見下すような笑い。聞いている傍から不愉快に感じる。

「はははっ!まだ偽善を振るうか!」
「……」
「王国の威信を守るため、そしてお前の罪への処罰として追放処分を決定した。アメリア・フォン・グロースター、貴様には、『ガルデア獣人国』への輿入れを命ずる」

 玉座の間が、今度こそ騒然となった。
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