ラララ・コーヒー
誰だって心の中に底なしのコーヒー沼を抱えている。
となりの芝は青いからずっとうらやましがる。「楽そうで良いよね」とマウントを取る。自分のほうが優れていると言いたがる。マウントを取った後ひとりで落ち込むのにね。
(それで落ち込まなくなったら泥水コーヒーダイブ一直線だ。もう浮かびあがらない)

「ラララ」

君は再び歌い出す。
キラキラ光るその高音は魔法のようだ。が、この世には魔法なんてない。
外見こそ美しい君だが、手は常に汚れ節くれ傷だらけまめだらけアザだらけ。爪もいつも汚れている。腕も脚も太い。足腰がしっかりしている。それは、誇るべき君の努力の証だ。
そして、君の友人である俺も、ニュースや本や映画や漫画、記事などに毎日たくさん目を通している。仕事のため5割、趣味5割。君の芸術を理解しようとするのに知識がどれだけ役に立っているか。

「君は美しいよ。本当に美しい」
俺が君にそう言うと、君はレモン色の光のようにニコッと笑い、
「君も美しいよ。生きる力に満ち満ちている」
と、包み込むようにかえしてくれた。

大きなガラスドアから差し込む11月のシトロンの光。
唇に浮かぶのは照れ笑いだ。何年かぶりの。

「ミルクをあげようか。砂糖は」
「ミルクだけいただく。ありがとう」
「レモンも入れる?」
「やめておくよ。味がぶれる」

「入れたいなら入れなよ。キチネットで自分で切っておいで」
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