不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
アルフレッドもロイも、私にすごく優しく接してくれる。
急に屋敷に増えた他人である私を、すぐに受け入れてくれた。それは普通に嬉しいし、感謝もしている。
「メアリー、ため息?」
思わず口からこぼれ出たため息に、床でごろごろしていたロイが素早く身を起こした。ソファに腰掛けていた私は、それに笑顔を返す。
「ロイくん。そんなところに寝転んでいたら服汚れない?」
「ベネディが洗濯するから大丈夫だよ」
それは大丈夫なのか?
思わずロイが散らかした紙屑を片付けていたベネディに視線をやると、困ったような笑みが返ってくる。
一緒に過ごしてみてわかったのだが、ロイは自由だ。ヤンチャという言葉がよく似合う。今だって、無意味に紙をちぎっては盛大にばら撒くというよくわからない遊びをやっていた。そこにミミも加わって滅茶苦茶に暴れまわるのだ。これを毎日相手にしているベネディは大変だろう。
部屋中に散らばった紙屑を拾い集めていたベネディは「ロイ様。あんまり暴れないでくださいね」とやんわり苦言を呈している。それをまるっと聞き流すロイは、私のもとへと駆け寄ってきた。
「メアリー。メアリーも一緒に紙ばら撒く?」
『どんな誘いだよ』
私に代わって突っ込んだミミが、呆れたように息を吐いている。ここは母親としてしっかりしなければと思うのと同時に、あんまり距離を詰めて嫌われるのも怖い。結果、私に曖昧に微笑むことしかできない。そんなぎこちない空気を敏感に察知したらしいロイが「メアリー。どうしたの?」と小首を傾げた。それに咄嗟に「なんでもない」と返しておくが、ロイは納得していないらしい。私の手に触れて、「悩みがあるなら、俺が聞いてあげる」と胸を張った。
『おまえみたいなチビに相談しても、どうにもならないでしょ』
それを鼻で笑うミミに、こちらがヒヤヒヤしてしまう。
まだ破っていない紙を片手に持ったロイが、私の手元に紙を押し付けてくる。どうやら私にも破って遊べということらしい。しかし、片付けに苦労しているベネディを横目にそんな大胆なことはできない。やんわり紙をロイから遠ざけようと受け取ったそのとき。指先にピリッとした痛みを感じた。見れば、指先がちょっと切れて薄く血が滲んでいた。どうやら紙で切ってしまったらしい。
思わず眉を寄せたその時。ロイが「ベネディ! 大変!」と大声をあげた。
「メアリーが怪我しちゃった!」
「え? いや、そんな大袈裟なものじゃないから!」
バタバタと腕を動かしてベネディを呼ぶロイ。すかさず寄ってきたベネディが気遣わし気に私の指を確認する。
別にこれくらい、怪我したとも思わない。不幸な私である。こんなことは珍しくもない。けれどもロイはぎゅっと顔をしかめて「痛い?」と訊いてくる。まるで自分が怪我をしたような痛そうな面持ちに、私は目を瞬いた。
「大丈夫よ、これくらい。痛くないから」
安心させようと笑顔を見せる。「本当に?」となぜか疑いの目を向けてくるロイに、私は根気強く「痛くない」と繰り返した。何度か確認して気が済んだのか。ロイが「ふーん?」と渋々といった様子で引き下がった。
「これ使っていいよ」
「え?」
自分のポケットから取り出したハンカチを渡してくれたロイに、目を丸くする。汚れてしまうからと遠慮するが、ロイは「いいよ、別に」と引き下がらない。固辞するようなことでもないので、ありがたく受け取ってみる。途端に安心したような笑顔を浮かべたロイは、「メアリーは、うっかりさんだねぇ」と笑った。その悪戯っぽい笑みは、父親であるアルフレッドにそっくりであった。
『ロイだって人のこと言えないだろ』
「猫うるさい!」
『なんだとぉ!?』
またしても急に喧嘩モードに入ろうとするふたりの間に、慌てて割って入る。
「ロイくん。ハンカチありがとう」
やや強引に話を戻してお礼を言えば、ロイがにこりと笑った。
結婚したのはいいけど、アルフレッドは予想以上に多忙であった。同じ屋敷に住んでいるものの、あまり顔を合わせる機会はない。それはロイも同じである。父親であるアルフレッドに会えないロイは、その代わりのように私の部屋へと頻繁に足を運んでいた。
「メアリー。おやつ食べよう」
「そんなに食べたら、ご飯入らなくなるわよ?」
「大丈夫だよ。俺、たくさん食べられるからね」
自信満々に言い切ったロイであるが、たぶん無理だろう。
もう血の止まった指先をなんとなく眺めて、次にロイへ視線を移した。これくらいで、ロイにかなり心配をかけてしまった。私は自分が不幸だと自覚している。今後もこのようなことが続けば、またロイに心配をかけてしまうかもしれない。
やっぱり距離を置いた方がいいかもしれない。もう同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだから。
ここへ来てからそう何度も決心しているのだが、私の決心をまったく知らないロイが遠慮なく距離を詰めてくるのだ。そのおかげで、私は毎日忙しくも楽しい日々を送っていた。
「今日はね、お父様。はやく帰ってくるって言ってたよ」
ミミを撫でながら、ロイがにこにこと告げてくる。その言葉通り、アルフレッドは昼過ぎには帰宅してきた。
帰宅する彼を出迎えるのは、いまいち慣れない。というか、私とアルフレッドの結婚って世間ではどう思われているのだろうか。社交界でも人気のアルフレッドである。彼が再婚したという話は、あっという間に広まったに違いない。なんで子爵家の令嬢が、と。あちこちで悪口めいた噂をされていそうな気がする。いや、絶対にされている。
そんなことを考えていたものだから表情が暗くなっていたのかもしれない。気が付いたら、私の顔をアルフレッドが間近で覗き込んでいた。至近距離で見る美貌は、心臓に悪いと思うのだ。
思わずのけ反る私に、アルフレッドが「体調でも悪いの?」と心配そうな目を向けてきた。その心底私のことを労わるような面持ちに、私の心臓がぎゅっとなる。こんな優しい人に、妙な心配をかけるべきではない。
笑顔を取り繕った私は「なんでもないです」と言った。しかしそれを見ていたロイが「メアリー、怪我したんだよ」と口を挟んできた。途端に険しい表情になるアルフレッドが「どこに?」と私の手を少々強引に掴んできた。
なんだか話が大袈裟になってしまう。急いでちょっと指先を紙で切っただけだと説明すれば、アルフレッドが目に見えて安堵した。
本気で私のことを心配したらしいアルフレッドに、今度は胸が痛んだ。私は彼らから距離を置こうとしているのに、彼らは本気で私に向き合ってくれる。あまり関わり合いを持たずに無難にやり過ごそうという自分の考えが、途端に卑怯な考えだと思えてきた。
そもそもこの結婚を受け入れた時点で、私はアルフレッドの妻に、ロイの継母になる決心をしたはずだった。どうして今になってその決意が揺らいでいるのか。
ジョセフのようになるのが怖いからだ。私のせいで、アルフレッドとロイが不幸になるのが嫌なのだ。けれどもふたりを見ていると、私のそんな考え方は失礼なのではないかと思えてくる。
ロイはいつでも全力で私を慕ってくれているのだ。だったら私も、全力でロイの母親をやるべきだろう。逃げるべきではないと、自分を鼓舞した。突然拳を握った私を、ロイが「どうしたの?」と不思議そうに見上げてきた。
「私、これからちゃんとロイくんのお母さんやるね」
改めて宣言すれば、ロイが「えー?」と照れたように笑う。けれどもすぐに「じゃあ、俺のことロイって呼んでよ!」と元気に提案してきた。
「それはいいね。ついでに僕のことも呼び捨てでお願いね」
ロイに便乗して、にこやかに提案してきたアルフレッド。無茶振りとも思えるお願いだが、私は全力でふたりの家族になると決めたのだ。
意を決して、ふたりの前に立つ。
「これからもよろしくね。ロイ。それに、アルフレッドも」
気恥ずかしさから早口に名前を呼んだ私であるが、アルフレッドは嬉しそうに「こちらこそ、メアリー」と綺麗な顔に子供っぽい笑みを浮かべた。その隣ではロイも「よろしくね!」と元気に飛び跳ねている。
『ボクは無視?』
「ミミもよろしくね」
拗ねたように呟いたミミの前に屈むと、『ま。よろしくしてやってもいいけど』という上から目線の言葉が返ってきた。
急に屋敷に増えた他人である私を、すぐに受け入れてくれた。それは普通に嬉しいし、感謝もしている。
「メアリー、ため息?」
思わず口からこぼれ出たため息に、床でごろごろしていたロイが素早く身を起こした。ソファに腰掛けていた私は、それに笑顔を返す。
「ロイくん。そんなところに寝転んでいたら服汚れない?」
「ベネディが洗濯するから大丈夫だよ」
それは大丈夫なのか?
思わずロイが散らかした紙屑を片付けていたベネディに視線をやると、困ったような笑みが返ってくる。
一緒に過ごしてみてわかったのだが、ロイは自由だ。ヤンチャという言葉がよく似合う。今だって、無意味に紙をちぎっては盛大にばら撒くというよくわからない遊びをやっていた。そこにミミも加わって滅茶苦茶に暴れまわるのだ。これを毎日相手にしているベネディは大変だろう。
部屋中に散らばった紙屑を拾い集めていたベネディは「ロイ様。あんまり暴れないでくださいね」とやんわり苦言を呈している。それをまるっと聞き流すロイは、私のもとへと駆け寄ってきた。
「メアリー。メアリーも一緒に紙ばら撒く?」
『どんな誘いだよ』
私に代わって突っ込んだミミが、呆れたように息を吐いている。ここは母親としてしっかりしなければと思うのと同時に、あんまり距離を詰めて嫌われるのも怖い。結果、私に曖昧に微笑むことしかできない。そんなぎこちない空気を敏感に察知したらしいロイが「メアリー。どうしたの?」と小首を傾げた。それに咄嗟に「なんでもない」と返しておくが、ロイは納得していないらしい。私の手に触れて、「悩みがあるなら、俺が聞いてあげる」と胸を張った。
『おまえみたいなチビに相談しても、どうにもならないでしょ』
それを鼻で笑うミミに、こちらがヒヤヒヤしてしまう。
まだ破っていない紙を片手に持ったロイが、私の手元に紙を押し付けてくる。どうやら私にも破って遊べということらしい。しかし、片付けに苦労しているベネディを横目にそんな大胆なことはできない。やんわり紙をロイから遠ざけようと受け取ったそのとき。指先にピリッとした痛みを感じた。見れば、指先がちょっと切れて薄く血が滲んでいた。どうやら紙で切ってしまったらしい。
思わず眉を寄せたその時。ロイが「ベネディ! 大変!」と大声をあげた。
「メアリーが怪我しちゃった!」
「え? いや、そんな大袈裟なものじゃないから!」
バタバタと腕を動かしてベネディを呼ぶロイ。すかさず寄ってきたベネディが気遣わし気に私の指を確認する。
別にこれくらい、怪我したとも思わない。不幸な私である。こんなことは珍しくもない。けれどもロイはぎゅっと顔をしかめて「痛い?」と訊いてくる。まるで自分が怪我をしたような痛そうな面持ちに、私は目を瞬いた。
「大丈夫よ、これくらい。痛くないから」
安心させようと笑顔を見せる。「本当に?」となぜか疑いの目を向けてくるロイに、私は根気強く「痛くない」と繰り返した。何度か確認して気が済んだのか。ロイが「ふーん?」と渋々といった様子で引き下がった。
「これ使っていいよ」
「え?」
自分のポケットから取り出したハンカチを渡してくれたロイに、目を丸くする。汚れてしまうからと遠慮するが、ロイは「いいよ、別に」と引き下がらない。固辞するようなことでもないので、ありがたく受け取ってみる。途端に安心したような笑顔を浮かべたロイは、「メアリーは、うっかりさんだねぇ」と笑った。その悪戯っぽい笑みは、父親であるアルフレッドにそっくりであった。
『ロイだって人のこと言えないだろ』
「猫うるさい!」
『なんだとぉ!?』
またしても急に喧嘩モードに入ろうとするふたりの間に、慌てて割って入る。
「ロイくん。ハンカチありがとう」
やや強引に話を戻してお礼を言えば、ロイがにこりと笑った。
結婚したのはいいけど、アルフレッドは予想以上に多忙であった。同じ屋敷に住んでいるものの、あまり顔を合わせる機会はない。それはロイも同じである。父親であるアルフレッドに会えないロイは、その代わりのように私の部屋へと頻繁に足を運んでいた。
「メアリー。おやつ食べよう」
「そんなに食べたら、ご飯入らなくなるわよ?」
「大丈夫だよ。俺、たくさん食べられるからね」
自信満々に言い切ったロイであるが、たぶん無理だろう。
もう血の止まった指先をなんとなく眺めて、次にロイへ視線を移した。これくらいで、ロイにかなり心配をかけてしまった。私は自分が不幸だと自覚している。今後もこのようなことが続けば、またロイに心配をかけてしまうかもしれない。
やっぱり距離を置いた方がいいかもしれない。もう同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだから。
ここへ来てからそう何度も決心しているのだが、私の決心をまったく知らないロイが遠慮なく距離を詰めてくるのだ。そのおかげで、私は毎日忙しくも楽しい日々を送っていた。
「今日はね、お父様。はやく帰ってくるって言ってたよ」
ミミを撫でながら、ロイがにこにこと告げてくる。その言葉通り、アルフレッドは昼過ぎには帰宅してきた。
帰宅する彼を出迎えるのは、いまいち慣れない。というか、私とアルフレッドの結婚って世間ではどう思われているのだろうか。社交界でも人気のアルフレッドである。彼が再婚したという話は、あっという間に広まったに違いない。なんで子爵家の令嬢が、と。あちこちで悪口めいた噂をされていそうな気がする。いや、絶対にされている。
そんなことを考えていたものだから表情が暗くなっていたのかもしれない。気が付いたら、私の顔をアルフレッドが間近で覗き込んでいた。至近距離で見る美貌は、心臓に悪いと思うのだ。
思わずのけ反る私に、アルフレッドが「体調でも悪いの?」と心配そうな目を向けてきた。その心底私のことを労わるような面持ちに、私の心臓がぎゅっとなる。こんな優しい人に、妙な心配をかけるべきではない。
笑顔を取り繕った私は「なんでもないです」と言った。しかしそれを見ていたロイが「メアリー、怪我したんだよ」と口を挟んできた。途端に険しい表情になるアルフレッドが「どこに?」と私の手を少々強引に掴んできた。
なんだか話が大袈裟になってしまう。急いでちょっと指先を紙で切っただけだと説明すれば、アルフレッドが目に見えて安堵した。
本気で私のことを心配したらしいアルフレッドに、今度は胸が痛んだ。私は彼らから距離を置こうとしているのに、彼らは本気で私に向き合ってくれる。あまり関わり合いを持たずに無難にやり過ごそうという自分の考えが、途端に卑怯な考えだと思えてきた。
そもそもこの結婚を受け入れた時点で、私はアルフレッドの妻に、ロイの継母になる決心をしたはずだった。どうして今になってその決意が揺らいでいるのか。
ジョセフのようになるのが怖いからだ。私のせいで、アルフレッドとロイが不幸になるのが嫌なのだ。けれどもふたりを見ていると、私のそんな考え方は失礼なのではないかと思えてくる。
ロイはいつでも全力で私を慕ってくれているのだ。だったら私も、全力でロイの母親をやるべきだろう。逃げるべきではないと、自分を鼓舞した。突然拳を握った私を、ロイが「どうしたの?」と不思議そうに見上げてきた。
「私、これからちゃんとロイくんのお母さんやるね」
改めて宣言すれば、ロイが「えー?」と照れたように笑う。けれどもすぐに「じゃあ、俺のことロイって呼んでよ!」と元気に提案してきた。
「それはいいね。ついでに僕のことも呼び捨てでお願いね」
ロイに便乗して、にこやかに提案してきたアルフレッド。無茶振りとも思えるお願いだが、私は全力でふたりの家族になると決めたのだ。
意を決して、ふたりの前に立つ。
「これからもよろしくね。ロイ。それに、アルフレッドも」
気恥ずかしさから早口に名前を呼んだ私であるが、アルフレッドは嬉しそうに「こちらこそ、メアリー」と綺麗な顔に子供っぽい笑みを浮かべた。その隣ではロイも「よろしくね!」と元気に飛び跳ねている。
『ボクは無視?』
「ミミもよろしくね」
拗ねたように呟いたミミの前に屈むと、『ま。よろしくしてやってもいいけど』という上から目線の言葉が返ってきた。
