不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
「ただいま、ロイ」
「おかえりぃ!」
玄関を出ると、ロイがアルフレッドに勢いよく飛びつくところであった。それを難なく受け止めたアルフレッドは、襟元を正してから私に向き直った。
「いらっしゃい、メアリー」
穏やかな声で歓迎してくれたアルフレッドに、私は姿勢を正す。久しぶりに顔を合わせたアルフレッドは、相変わらず輝いている。太陽の下で見ると、なんか眩しいくらいである。腰に抱き着いて離れないロイの頭を撫でながら、アルフレッドは優しく笑みを浮かべている。
「引っ越し、終わった? ごめんね。手伝えなくて」
「あぁ、いえ。私はほとんど何もしていないので」
荷物はほとんど使用人に任せきりである。私はロイとぶらぶらしていただけ。
足を止める私たちに焦れたのか。ロイがアルフレッドの手を引いて屋敷に行こうと奮闘している。それに苦笑しながら従うアルフレッドは、私に視線を遣ってから手招いた。
駆け足で隣に並ぶと、アルフレッドが前を向いたまま「来てくれて嬉しい」と言った。
「縁談。断られるかと。ちょっと久しぶりに緊張したよ」
「え。アルフレッド様でも緊張したりするんですか?」
しかもその原因が、私への縁談である。意外な事実に驚く私に、アルフレッドが「そんな堅苦しい呼び方しなくていいよ」と口元に笑みを浮かべる。
「いや、でも」
「もう夫婦なんだし」
「ふっ――!?」
いや、そうなんだけど。
まだ目の前の現実をうまく受け入れられていない私は、素っ頓狂な声をあげてしまう。これにアルフレッドが楽しそうに声を出して笑った。
「なに笑ってるの?」
ロイが、不思議そうにアルフレッドを振り返っている。なんでもないと誤魔化すアルフレッドだが、その表情はいまだに笑っていた。
「そんなに笑わないでくださいよ」
思わず文句を言う私に、アルフレッドが「だって」と目元を拭うような仕草をした。
「メアリーがあんまり驚くものだから」
「まだ自覚がないんです! バタバタしていて、じっくり考える時間がなかったんですから」
言い訳めいた言葉を吐いているうちに、ちょっと恥ずかしくなってきた。自然と俯く私は、己の足元を凝視した。
アルフレッドとの結婚は、私にとっては本当に突然のことだったのだ。正直、まだジョセフとの離婚を引きずっていた時期である。そう簡単に気持ちを切り替えることができずに、あまり深く考えないようにしていた。それに今回の結婚、私よりも両親のほうが大喜びしている。あまりに張り切る父に押し切られるまま、どんどん話が進んでいったのだ。まさに怒涛の展開。
今に至って、ようやくひと息つけた感じだ。
「メアリー」
アルフレッドに呼ばれて、顔を上げる。彼の腰には、ロイがしがみついたままである。
「あの、今更だけど。改めて」
「はい」
「僕と結婚してください。それと、ロイの母親になってあげてほしい」
ぽんぽんとロイの頭を優しく撫でるアルフレッドに促されて、ロイが「俺の新しいお母様になって! お願い!」とひと息に言った。ぎゅっと目を閉じて、こちらを窺うかのように薄目で眺めてくる。
その緊張がこちらまで伝わってくるロイの仕草に、私は背筋を伸ばした。この縁談を受け入れたときから、覚悟はできていたつもりだ。けれどもいざその瞬間がやってくると、本当に私に務まるのだろうか漠然とした不安が襲ってくる。本音を言えば、あまり自信はない。だって子供と接した経験はほとんど無いに等しいうえに、一度離婚している身である。母親どころか、妻としての役割もまっとうできなかったという負い目がある。けれども、一度引き受けた以上はやるしかない。
「こちらこそ。どうか私の家族になってください。お願いします!」
勢いよく頭を下げた私に、ロイが「やったぁ!」と飛び跳ねて喜んだ。「家族か。いいね」と微笑むアルフレッドが、こちらに手を伸ばしてきた。そこに手を重ねて、私は彼の隣に並んだ。その間に、すかさずロイが割り込んでくる。
「猫も家族に入れてあげよう。ペットだし」
『誰がペットだ! あとボクは猫じゃない』
みんなの足元を忙しなく移動していたミミが、尻尾をピンと立てて憤っている。ところで、結局ミミは何者なのだろうか。しゃべる猫なんて普通ではない。ミミは聖獣を名乗っているのだが、そんなもの聞いたこともない。
「あの、ミミちゃんは一体なんなんですか?」
『その呼び方やめろ! ボクを軽々しく呼ぶんじゃない!』
「ご、ごめんね」
どうやらミミちゃん呼びが相当気に入らないらしい。ロイが「うるさいぞ! 猫のくせに」とミミを追いかけ回そうとしている。このふたりの関係性も、よくわからない。
どうやらロイが、どこかでミミを拾ってきたらしい。そのまま公爵家でペットとして飼うことになったのだろうか。
ロイを制止したアルフレッドは、歩きながら「僕もよくわからないんだよね」と困ったように眉根を寄せた。
「特に害もないから屋敷に置いているんだけど。なんだろうね?」
『聖獣だって言ってるだろ。何度も説明させるな』
横から口を挟んでくるミミに、アルフレッドが苦笑を返している。
「その聖獣ってのが、よくわからないんだよなぁ」
のんびり呟いたアルフレッドは、たどり着いた部屋の扉を開けた。「どうぞ?」と促されたそこは、先程ロイがアルフレッドの部屋だと教えてくれた場所である。
遠慮がちに足を踏み入れると、ロイとミミも続く。ベネディも一緒だ。
『なんでわかんないかなぁ? 聖獣だって言ってるだろ』
ソファに飛び乗ったミミは、苛立ったように主張している。それを横目で確認したアルフレッドは「ほら。ずっとこんな感じでまともな説明をしてくれないんだよ」と肩をすくめた。勧められるがままにソファに腰掛けると、ロイが隣を陣取ってきた。
「あの猫はね、森に落ちてたのを俺が拾ったんだよ」
『落ちてないから。勝手に拾うな』
「おしゃべりする面白い猫だからペットにしてやったの」
『誰もペットにしてくれなんて頼んでないから。なんだよ、その上から目線は』
放っておくと、また喧嘩が始まってしまいそうな空気である。
どうやらロイも、よくわからないままにミミを拾ってきたらしい。アルフレッドが以前、ロイのことを肝が据わっていると評していたが、まったくその通りだと思う。
「でねぇ。俺が育ててあげてるの」
『ふざけるなっ! ボクがおまえの面倒を見てやってるんだよ!』
いきなりロイに飛びかかったミミ。思わず上半身を引いて距離をとった私であるが、ロイはミミを迎え撃つ。つかみ合いを始めたふたりに私は中途半端に手を伸ばして「ちょ、ちょっと」とオロオロすることしかできない。
けれどもアルフレッドは、にこにことそれを眺めている。
「ロイ。今日はなにをしていたんだい?」
喧嘩に触れることなく、ロイに話題を振るアルフレッド。ミミを抑え込んでいたロイが、ぱっと顔を上げた。
「メアリーに屋敷を案内してあげたの。まだ途中だけど」
ね? とミミを抱きしめたロイに視線を向けられて、私は頷く。諦めたように半眼になっているミミは、小声でぶつぶつとロイに対する文句を言っている。
なんだか自然と輪の中に加えてもらっているこの状況に、そわそわしてしまう。こうやって顔を合わせるのは、出会ったあの日以来のはずなのに。
唐突に、私の頭を冷たい表情をしたジョセフの顔がよぎった。
「メアリー! また明日、俺が屋敷を案内してあげるね」
胸を張って宣言するロイに、私は僅かに体を後ろに引いて距離をとってしまった。
「メアリー?」
ロイが、不思議そうに小首を傾げた。
それに慌ててなんでもないと笑って誤魔化して、私は乱れてもいない前髪を手櫛で整えた。
「おかえりぃ!」
玄関を出ると、ロイがアルフレッドに勢いよく飛びつくところであった。それを難なく受け止めたアルフレッドは、襟元を正してから私に向き直った。
「いらっしゃい、メアリー」
穏やかな声で歓迎してくれたアルフレッドに、私は姿勢を正す。久しぶりに顔を合わせたアルフレッドは、相変わらず輝いている。太陽の下で見ると、なんか眩しいくらいである。腰に抱き着いて離れないロイの頭を撫でながら、アルフレッドは優しく笑みを浮かべている。
「引っ越し、終わった? ごめんね。手伝えなくて」
「あぁ、いえ。私はほとんど何もしていないので」
荷物はほとんど使用人に任せきりである。私はロイとぶらぶらしていただけ。
足を止める私たちに焦れたのか。ロイがアルフレッドの手を引いて屋敷に行こうと奮闘している。それに苦笑しながら従うアルフレッドは、私に視線を遣ってから手招いた。
駆け足で隣に並ぶと、アルフレッドが前を向いたまま「来てくれて嬉しい」と言った。
「縁談。断られるかと。ちょっと久しぶりに緊張したよ」
「え。アルフレッド様でも緊張したりするんですか?」
しかもその原因が、私への縁談である。意外な事実に驚く私に、アルフレッドが「そんな堅苦しい呼び方しなくていいよ」と口元に笑みを浮かべる。
「いや、でも」
「もう夫婦なんだし」
「ふっ――!?」
いや、そうなんだけど。
まだ目の前の現実をうまく受け入れられていない私は、素っ頓狂な声をあげてしまう。これにアルフレッドが楽しそうに声を出して笑った。
「なに笑ってるの?」
ロイが、不思議そうにアルフレッドを振り返っている。なんでもないと誤魔化すアルフレッドだが、その表情はいまだに笑っていた。
「そんなに笑わないでくださいよ」
思わず文句を言う私に、アルフレッドが「だって」と目元を拭うような仕草をした。
「メアリーがあんまり驚くものだから」
「まだ自覚がないんです! バタバタしていて、じっくり考える時間がなかったんですから」
言い訳めいた言葉を吐いているうちに、ちょっと恥ずかしくなってきた。自然と俯く私は、己の足元を凝視した。
アルフレッドとの結婚は、私にとっては本当に突然のことだったのだ。正直、まだジョセフとの離婚を引きずっていた時期である。そう簡単に気持ちを切り替えることができずに、あまり深く考えないようにしていた。それに今回の結婚、私よりも両親のほうが大喜びしている。あまりに張り切る父に押し切られるまま、どんどん話が進んでいったのだ。まさに怒涛の展開。
今に至って、ようやくひと息つけた感じだ。
「メアリー」
アルフレッドに呼ばれて、顔を上げる。彼の腰には、ロイがしがみついたままである。
「あの、今更だけど。改めて」
「はい」
「僕と結婚してください。それと、ロイの母親になってあげてほしい」
ぽんぽんとロイの頭を優しく撫でるアルフレッドに促されて、ロイが「俺の新しいお母様になって! お願い!」とひと息に言った。ぎゅっと目を閉じて、こちらを窺うかのように薄目で眺めてくる。
その緊張がこちらまで伝わってくるロイの仕草に、私は背筋を伸ばした。この縁談を受け入れたときから、覚悟はできていたつもりだ。けれどもいざその瞬間がやってくると、本当に私に務まるのだろうか漠然とした不安が襲ってくる。本音を言えば、あまり自信はない。だって子供と接した経験はほとんど無いに等しいうえに、一度離婚している身である。母親どころか、妻としての役割もまっとうできなかったという負い目がある。けれども、一度引き受けた以上はやるしかない。
「こちらこそ。どうか私の家族になってください。お願いします!」
勢いよく頭を下げた私に、ロイが「やったぁ!」と飛び跳ねて喜んだ。「家族か。いいね」と微笑むアルフレッドが、こちらに手を伸ばしてきた。そこに手を重ねて、私は彼の隣に並んだ。その間に、すかさずロイが割り込んでくる。
「猫も家族に入れてあげよう。ペットだし」
『誰がペットだ! あとボクは猫じゃない』
みんなの足元を忙しなく移動していたミミが、尻尾をピンと立てて憤っている。ところで、結局ミミは何者なのだろうか。しゃべる猫なんて普通ではない。ミミは聖獣を名乗っているのだが、そんなもの聞いたこともない。
「あの、ミミちゃんは一体なんなんですか?」
『その呼び方やめろ! ボクを軽々しく呼ぶんじゃない!』
「ご、ごめんね」
どうやらミミちゃん呼びが相当気に入らないらしい。ロイが「うるさいぞ! 猫のくせに」とミミを追いかけ回そうとしている。このふたりの関係性も、よくわからない。
どうやらロイが、どこかでミミを拾ってきたらしい。そのまま公爵家でペットとして飼うことになったのだろうか。
ロイを制止したアルフレッドは、歩きながら「僕もよくわからないんだよね」と困ったように眉根を寄せた。
「特に害もないから屋敷に置いているんだけど。なんだろうね?」
『聖獣だって言ってるだろ。何度も説明させるな』
横から口を挟んでくるミミに、アルフレッドが苦笑を返している。
「その聖獣ってのが、よくわからないんだよなぁ」
のんびり呟いたアルフレッドは、たどり着いた部屋の扉を開けた。「どうぞ?」と促されたそこは、先程ロイがアルフレッドの部屋だと教えてくれた場所である。
遠慮がちに足を踏み入れると、ロイとミミも続く。ベネディも一緒だ。
『なんでわかんないかなぁ? 聖獣だって言ってるだろ』
ソファに飛び乗ったミミは、苛立ったように主張している。それを横目で確認したアルフレッドは「ほら。ずっとこんな感じでまともな説明をしてくれないんだよ」と肩をすくめた。勧められるがままにソファに腰掛けると、ロイが隣を陣取ってきた。
「あの猫はね、森に落ちてたのを俺が拾ったんだよ」
『落ちてないから。勝手に拾うな』
「おしゃべりする面白い猫だからペットにしてやったの」
『誰もペットにしてくれなんて頼んでないから。なんだよ、その上から目線は』
放っておくと、また喧嘩が始まってしまいそうな空気である。
どうやらロイも、よくわからないままにミミを拾ってきたらしい。アルフレッドが以前、ロイのことを肝が据わっていると評していたが、まったくその通りだと思う。
「でねぇ。俺が育ててあげてるの」
『ふざけるなっ! ボクがおまえの面倒を見てやってるんだよ!』
いきなりロイに飛びかかったミミ。思わず上半身を引いて距離をとった私であるが、ロイはミミを迎え撃つ。つかみ合いを始めたふたりに私は中途半端に手を伸ばして「ちょ、ちょっと」とオロオロすることしかできない。
けれどもアルフレッドは、にこにことそれを眺めている。
「ロイ。今日はなにをしていたんだい?」
喧嘩に触れることなく、ロイに話題を振るアルフレッド。ミミを抑え込んでいたロイが、ぱっと顔を上げた。
「メアリーに屋敷を案内してあげたの。まだ途中だけど」
ね? とミミを抱きしめたロイに視線を向けられて、私は頷く。諦めたように半眼になっているミミは、小声でぶつぶつとロイに対する文句を言っている。
なんだか自然と輪の中に加えてもらっているこの状況に、そわそわしてしまう。こうやって顔を合わせるのは、出会ったあの日以来のはずなのに。
唐突に、私の頭を冷たい表情をしたジョセフの顔がよぎった。
「メアリー! また明日、俺が屋敷を案内してあげるね」
胸を張って宣言するロイに、私は僅かに体を後ろに引いて距離をとってしまった。
「メアリー?」
ロイが、不思議そうに小首を傾げた。
それに慌ててなんでもないと笑って誤魔化して、私は乱れてもいない前髪を手櫛で整えた。