天才幼女セラフィーヌ、ツンデレ辺境伯様とただいま領地改革中!
「わたし……おなか、すいたかも」

私は上目遣いで目をパチパチ瞬きながらお願いする。子どもらしく振る舞っておいたほうが、余計な警戒もされないはずだ。

「はい、すぐに何かご用意しますとも!」

マルタは涙を拭いながら、慌てて部屋を飛び出していった。

一人になったところで、私はゆっくりとベッドから身を起こした。小さな身体はいうことを聞かず力が入らない。床に足をつくにも慎重なバランス感覚が必要だ。

(五歳児ボディ、想像以上に不安定だわ)

少し慣れてきたころ、窓辺へとことこと歩み寄って外を見下ろしてみる。
仮にも男爵家の屋敷だというのに、敷地も庭も荒れ放題だった。おそらく使用人もマルタ一人で、手入れが行き届かないのだろう。

そして、その向こうに見える村。
目を凝らしてみると、とにかく活気がない。のどかとは違う、明らかに前世で見てきた財政難を抱えた村という雰囲気がする。

(……これは思った以上に深刻ね)

前世の感覚でざっくり計画を立てる。
まずは財務状況の把握、次に収益源の確保、それから支出の削減。
再建の基本ステップは、企業でも領地でも変わらないはずだ。

ただ一つ、致命的な問題がある。

(ここでは、私は五歳の幼児なのよね……)

誰が、五歳児の言うことに真面目に耳を貸すだろう?

そんなことを考えながら部屋の中を見回すと、壁に掛けられた肖像画が目に入った。赤ん坊を抱きながら微笑む女性と、その肩に手を置く男性。

(もしかして……これがセラフィーヌの両親?)

 ということは、女性の腕に抱かれているのはセラフィーヌだろう。棚の上にも、セラフィーヌだけを描いた小さな絵が何枚も飾られている。
 それを見た瞬間、セラフィーヌが『愛されていた記憶』が、流れ込んでくるような感覚がした。

 そのとき「……みゃ……ぁ……」とどこからか妙な声が聞こえて、私は現実に引き戻された。

猫でも迷い込んだのだろうか。
私は廊下に出て、声が聞こえる隣りの部屋のドアを開けた。

そこには――ベビーベッドに寝かされた、ふにゃふにゃの赤ん坊がいた。しかも、二人。

「え……?嘘でしょ、なんで……!?」

思わず固まってしまう。
ベビーベッドの中の赤ん坊たちはそっくり同じ顔で、そっくり同じように小さく唇を尖らせ――

「ふ、ふぁ……ぎゃああああああ!!」
「ひっ……ぎゃああああああ!!」

同時に泣き出した。

「ちょ、ちょっと!?なんで二人同時に!?同期してるのっ!?」

私は思わず叫んだ。
これは完全に想定外のタスクすぎる。

「え、どうすればいいの!?」

反射的に二人のうちの片方を抱き上げる。
けれど、抱き方が分からない上に、赤ちゃんって意外と重い。五歳児の短い腕では支えが足りず、赤ちゃんの重みでぐらりと体勢が傾いてしまい、四苦八苦する。

前世では数十億単位の交渉をやったときでさえ、ここまでパニックになったことはないかもしれない。
汗だくになって格闘していると、背後で足音がした。

「あぁ、エリク様とエリザ様が起きてしまったのですね」

振り返ると、食事を持ってきたマルタが立っていた。トレイの上にはサンドイッチと野菜スープがのっている。

「エリク?エリザ……?」
「お忘れですか?あんなに毎日お嬢様がお世話していらしたのに」

私の手から赤ちゃんを受け取ってあやしながら、マルタは困ったような顔をする。

(しまった、再建計画の立案に夢中で、その辺りの記憶の統合が追いついてない……!)

「う、うん、久しぶりだからあわてちゃって!」
「旦那様を亡くされてショックなところに、三日もお眠りだったのです。無理もございません」

そう言いながら、深い悲しみと同情が入り混じったような眼差しで見つめてくる。
よかった、どうやら怪しまれていないみたい。

「この子たちは、亡き旦那様が孤児院から引き取ってこられたんですよ」
「……こじいん?」
「はい。生まれてすぐに捨てられていたそうで……孤児院も資金難でこれ以上面倒は見られないと。そこで旦那様が引き取られたのです」

私は固まった。

(……いやいや、ちょっと待って優しすぎるでしょお父さん!!)

借金まみれで破綻寸前な状況なのに、その上みなしごの双子を育てるなんて。聞けば、二人のミルク代のために、最近は王都にも出向いて資金繰りに奔走していたらしい。

(お父さん、人が良すぎるわ……いや、お人よしすぎて絶対に悪徳商人にいいように利用されたタイプでしょ!?だからこんなに借金が膨れ上がって……!)

「旦那様は本当に、お優しいお方でした」

マルタが悲しげに、けれど誇らしげに言う。
弱い立場の人を放っておけなかったのだと、その言葉だけで胸がきゅっと痛くなった。

前世で私は多くの経営者を見てきた。
連帯保証人になって借金を背負わされた人、従業員のために身を削り体を壊した人。人格者ほど損をし、優しすぎる人ほど背負い込んでしまうことを知っている。

セラフィーヌの父もきっと――人を救うために、自分を犠牲にしていたのかもしれない。

私は、双子たちを見下ろした。
小さな肩がひくひく震えて、泣き疲れた目がとろんと潤んでいる。

(……この子たちを、今度は私が守らなきゃ)

ぐっと小さくこぶしを握ると、マルタがそっと私の肩に手を置いた。

「エリク様とエリザ様は、セラお嬢様にとても懐いていらっしゃいましたよ」
「――えっ、ほんとに?」

正直、私は子どもの相手が得意ではなかった。
断っておくけれど、決して嫌いなわけではない。ただ、あまりに関わったことがなさ過ぎて、どう接していいのか分からない。しかもそれが0歳の赤ん坊となれば、未知の領域すぎる。

「エリク様の指を握ってあげてください。お嬢様がそうすると嬉しそうに笑いますから」

おそるおそる、私は二人にそれぞれ指を差し出してみると――

ぎゅ。
ぎゅむ。

双子が、同時に私の指を握った。

「……ぁ……」

そのあまりの可愛さに、心臓がどくんと跳ねた。

(え、なにこの破壊力……天使……?)

双子は私の指をしっかり握りしめたまま、安心したようにまぶたを閉じた。
マルタが嬉しそうに微笑む。

「やはり、お嬢様が一番落ち着くようですね」

(……やばい、かわいい。もう、この子たちは私が守る……!!)

どこからともなく、母性のようなものが湧き上がってくる。
ついさっきまで子どもは苦手なんて思っていたのに、今は胸の奥がじんわりと熱くて、ずっとこの寝顔を眺めていたくて仕方がなかった。

私はふと、窓の外を見る。

「……この子たちのためにも、どうにかしないとなぁ」

(セラフィーヌの父親の優しさが、報われる世界にする。この子たちが笑って生きられる領地にする)

それが、私の二度目の人生の「案件」だ。

私の心の中で、前世のコンサル脳が燃え上がった。

< 2 / 12 >

この作品をシェア

pagetop