隣の席のハルタ先輩は様子がおかしい
隣の席のハルタ先輩は、今日も様子がおかしい。
いや、そんなことを思っているのは私だけ。
「春田先輩、ちょっといいですか?」
「うん。どした? …ちょっと待って。会議室取った。行こ」
「春田くん、ごめん、来週松菱との会食があるんだけど、一緒に行ってくれない?」
「いっすよ。来るの三井さんとかですかね? 二次会、店目星つけときますね」
「春田〜〜。昨日ありがとね〜〜。なんとかなりそう〜〜。今度お礼に、ご飯でも…」
「なんも。おつかれ」
声をかけてきた後輩を見て、どこか気まずそうな雰囲気に気づきすぐに会議室をとってエスコートするスマートさ。
私みたいなヒラヒラの平社員には声すらかけてきたことがない他部署の系列の役員が下手に出てまで接待に誘ってくる頼もしさと顔の広さ。
同期さんから何やら恩に着られてついでにちょっと気のある感じでご飯に誘われてるのに満面のさわやか笑顔で受け止めかわす玄人ぶり。
そう、私の隣の席のハルタ先輩は、どこに出しても恥ずかしくないくらいの「人たらし」なのだ。
今日の午前中だけでも、もはや何人の人に声をかけられているかわからない。
さすがに対応もぞんざいになってきそうなものだけど、そのたびに手を止めて、しっかり向き直って話をしている。はたから見ていても、偉いなあと思う。
ここまで話しかけられる人がそばにいると、ふつうなら「うるさいな」とか思ってしまいそうなものだけど、そこはさすがの全方位型人たらし。
無駄話を繰り広げたり、ちょっと盛り上がったりして声が大きくなることもなく、誰にでも適切な距離を保ち、そつなく、けど淡白でもなく。絶妙なラインで来客をばったばったいなしていくのがハルタ先輩の恐ろしい所だ。
なので、周りのデスクの人たちもまったく嫌な気持ちにならないし、誰かが彼を悪く言うのを聞いたこともない。
さらにさらに、人と話すのにこれだけ時間を取られてても、部署の誰より仕事が速いんだからーー
(ほんとタチが悪いくらい、完璧)
なので私は、今日も隣でこっそりため息をつく。
私は、ハルタ先輩とは正反対。
人が嫌いとかじゃないけど面白く喋ったりはできないし、要領もいいほうじゃないから、目の前の仕事をするのでいつも精一杯。
昔から、悪目立ちもしない代わりに、自慢じゃないけどたぶんかなり空気に紛れるのが上手い。
……ごめんなさい。
プライドを捨てて簡単にいうと、いてもいなくてもたいがい気付かれない地味女、というだけ。
せめて周りの人の足を引っ張らないように、日々なるべく仕事に集中するようにしている。
……………のに。
こつん、と何かが左腕に当たる。見ると、くしゃくしゃにされた付箋だ。反射的に左側をちらっと見る。
左、というのは、
ハルタ先輩がいるほう。
見上げたハルタ先輩は、ちょっと斜に構えて頬に手をついている。さらに、片手で第二の矢を構えていた。
「何するんですか?」
「なんかため息ついてたから」
「いや、ため息くらい…」
小声で聞いたので、ハルタ先輩も小声で返してくる。そのぶん距離が近くて、私は自分の顔が赤くなりそうな気配を感じて慌てて前に向き直る。
のに…まだこちらを見ている気配。
何かを投げようとしてるみたいに腕を少し揺らしているので、さすがに気になって、また左を見てしまう。
「あの、それ、次なに投げようとしてます?」
「消しゴム」
「やめてください…」
「じゃあ、もうため息つかない?」
「つかないです。すみません」
「謝らなくていいけど。隅田さんの幸せが逃げちゃうと思って」
「大丈夫です、私幸せなんで…」
困って返事をするとハルタさんが突然カハッと笑った。
「幸せなの?」
「え? はい…」
何がどうウケたのかわからず、つまらない返しを重ねる。地味で目立たなくても、私は日々に満足しているしじゅうぶん幸せだ、というだけ。
なのに、ハルタ先輩はまたひとつ笑って言った。
「いいね、隅田さん」
まぶしいばかりの笑顔。
顔がきれいな人が、少しふにゃっと柔らかく笑う。たったそれだけのこと。
それに、私は思わず、ウエッ、と思う。
だって、あんまり迂闊に笑わないでほしい!!
笑うとしても、もっとなんというか、いつもの完璧スマイルだったら、いつも隣からチラチラ見えてるからダメージもまずまずなのに、なんでこんな、ちょっと気の抜けたような………。
でもわかっている。全方位型人たらしハルタ先輩が、私にこのような若干のうざ絡みをしてくるようになったのは、何か理由があってのことではまったくないのだ。
ただ、ごく最近に、ちょっとした、本当にささやかなきっかけがあっただけのことなのだ。
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