最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
第一章 無口な騎士団長は初夜を逃さない
 重々しい角笛の音が、静かな昼下がりをざわつかせた。

「シルヴィオ、キカン。シルヴィオ、キカン……ッ」

 窓際に置かれた鳥籠の中のヨウムが、けたたましい声をあげる。

(帰還ですって?)

 リーゼの手から滑り落ちた銀のかぎ針が、カタン、と床で硬質な音を立てた。

(まさか……あの人が?)

 編みかけのレースがひざから落ちるのも構わず、リーゼは窓辺へと駆け寄った。

 窓ガラス越しに見下ろせる通りには、雪を巻き上げて進む一団の姿がある。

 風に揺れる、威風堂々たる第一王国騎士団の青旗。整然と列を成す大勢の兵士たち。
 その先頭を行く漆黒のマントの人物は──ここにいるはずのない男。

 しかし、その姿を見間違えるはずもなくて、リーゼの胸は激しく拍動した。

(嘘……どうして? 早すぎるわ!)

 夫であるシルヴィオが、予定よりも早く帰還するなんて聞いてない。

「フィン!」

 リーゼは震える声でヨウムの名を呼んだ。
 鳥籠から飛び出してきたフィンの足に、羽根ペンで走り書きした紙切れをくくり付ける。

 夫が屋敷に到着するまで、あと数分もない。
 それまでにこの手紙を飛ばさなければ──弟が殺される。

 凍りついた鍵をこじ開けるようにして、勢いよく窓を開く。

「……行ってっ」

 震える指先から放たれたヨウムが、雪を降らせる重い雲へと吸い込まれていく。

「お願い、間に合って!」

 雪まじりの風が室内に吹き込む。
 凍えるような冷たさがリーゼのほおを差し、窓枠をつかむ手は、感覚がなくなるほど冷え切っていた。

 フィンが運んだのは、夫の帰還を知らせる密書。

 あれが父の手に渡れば、また一つ裏切りに加担したことになる。けれど、飛ばさなければ、囚われた弟リヒトが殺される。

(許して、シルヴィオ様……。私には、あなたよりも弟の命が──)
< 1 / 95 >

この作品をシェア

pagetop