野いちご源氏物語 四六 椎本(しいがもと)
いよいよ秋が終わるころ、亡き(はち)(みや)様のためのご法要(ほうよう)もひと段落した。
このときを待っていらっしゃった匂宮(におうのみや)様は、
<いつまでもお悲しみの底というわけではないだろう。そろそろ涙の乾くこともあるはずだ>
と、長いお手紙をお書きになった。

「なかなかお返事がいただけませんが、鹿(しか)が寂しく鳴く山里(やまざと)で、あなた様もお父宮(ちちみや)を恋しがって可憐(かれん)に泣いていらっしゃるのでしょうか。空を見上げてごらんなさい。あなた様の涙に誘われて時雨(しぐれ)を降らせていますよ。空にも同情する気持ちがあるのです。いつまでも(かたく)ななご態度ではいけません。お身の回りに風情(ふぜい)を感じなされませ。そちらの野原の景色はいかがですか。()れゆく様子がお心にしみるのではありませんか」
時雨がちな夕方にお使者(ししゃ)をお(つか)わしになった。

「あまり長くお返事を差し上げないのもよくないでしょうから、お書きなさい」
大君(おおいぎみ)中君(なかのきみ)におすすめになる。
<父宮様がお亡くなりになったら、私もすぐに死んでしまうだろうと思っていたのに。まさか手紙を書くために筆を持つ日が来るとは。私の心を置いてきぼりにして月日だけが過ぎていく>
中君は目に涙がたまって筆先もよくご覧になれない。

(すずり)を押しやっておっしゃる。
「書けないわ。やっと起き上がれるようになったけれど、それさえ悲しみから立ち直っているようで心外(しんがい)なのに」
かよわく泣きしおれていらっしゃるから、大君も女房(にょうぼう)たちも悲しくなってしまわれる。
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