野いちご源氏物語 四六 椎本(しいがもと)
その夏は例年以上に暑かった。
宇治(うじ)(がわ)の近くなら涼しいだろう>
(かおる)(きみ)はふと思い立って、宇治(うじ)をお訪ねになった。
朝のまだ涼しいうちに都を出発なさったけれど、山荘(さんそう)に着いたころには日差しもまぶしい。

亡き(はち)(みや)様のお部屋にお入りになると、隣のお部屋に姫君(ひめぎみ)たちがいらっしゃったみたい。
薫の君がお越しと聞いて、離れたお部屋へ移ろうとなさる。
上品に静かにお動きになるけれど、近い場所だからかすかな音が薫の君にも聞こえる。

<たしかここの戸には小さな穴が開いていたはずだ>
戸の前に立ててあったついたてをどかして、こっそりのぞいてご覧になる。
あいにく戸のむこう側にもついたてがあって、姫君たちのお姿は見えない。
<残念だな>
と引きかえそうとなさったとき、隣のお部屋から女房(にょうぼう)の声がした。
「風が強くてこちらの(すだれ)が舞い上がってしまうわ。そこにあるついたてをこちらへ持ってきてちょうだい」
薫の君が(のぞ)いていらっしゃるとも知らず、ついたてを移動させてしまうの。
これですっかり見通せるようになったから、薫の君はうれしくお思いになる。
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