恋愛期間0。彼の毒はスイーツより甘かった。(仮)
期待と失望からの
 体に染み付いた甘い香り。
 高温多湿な工房と、反して震えるほどの冷蔵室。

 朝早くから夜遅くまで、仕込、成形、焼き上げを何度も繰り返す。この生活を製菓学校卒業後およそ9年続けている。そんな私も昨年からスー・シェフ(2番手)になった。

唐津(からつ)さん、社長が昼休憩前に事務所に来てくれって。人事について話があるそうです」

 工房を訪れた事務員の伝言に、近くにいた同僚がちょっとざわめく。

「うみさん、とうとうシェフに昇級じゃない?」
「新宿2号店オープンするし、そっち任されるかもよー」

 現職の仲間達は、あるかもしれない私の昇任を喜んでくれているようだ。

「まだ私には早い気がする」
「うみさん努力家だし、企画した米粉のケーキ売上いいしさ、社長も認めてると思うよ」

 そこまで言われて悪い気はしなかったが、近頃は作る事への情熱が冷めつつあった。
 シェフになれば幾分か肉体労働が減る。三十路を前にいい機会かもしれない。

「失礼します」

 午前の仕事を終え、期待に胸を膨らませて社長室のドアをノックした。

「唐津くんか? 入って」

 先客がいた。
 ソファーに座っていたその人が社長と同時に此方を振り返る。私より若そうな、とても綺麗な女の人だ。
ニヤニヤしながら、社長が私に紹介した。

「こちら来週から、シェフとして入って貰う高部さんね」
「え」











 

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