渋谷少女A続編・山倉タクシー

夕日の暗示

有難いがしかし私にはとんでもないことだ。これ以上間違っても彼に迷惑を掛けるつもりはない。もう罰が当たる!私は大仰に手を振って大丈夫、大丈夫を連呼して見せた。俳優で云えば有島一郎に似た、しかし苦み走った笑い顔を再度残して彼は病室を出て行った。

 病室の窓から東京下町の風景が見える。夕日に浮かんだゴタゴタした街並みはどこか秋の寂しさを醸し出している。古希真近となった私の毎日は悠々と云うには程遠い。それどころか件のストーカーどもに引っ付かれて以来この方、金も稼げず、眠れず、悲惨な限りだ。こんな老境に至るくらいならもう遠の昔に死んでればよかったと思いますよ。ふふふ。小説も書くが短歌も熟す私であれば、かの石川啄木の妻、節子さんの辞世歌「区役所の屋根と春木と大鋸屑はわが見る外のすべてにてあり」という寂寞(じゃくまく)感が我がことのように伝わってくる。彼女、節子さんがその晩年であったにも拘らず貧窮していた様は周知の通りだが、私のいまのこのザマも、全くご同様である。ふふふ。このような私であったればふつう世間の大概の者は誰も近づきたがらず敬遠する筈だ。それなのになぜ彼、山倉はこうも私に親切にしてくれるのだろう?15年も前に僅かにご交誼をいただいた仲でしかないのだ。とんと得心の行かぬことである。その彼の突然の出現ばかりか、昨晩来の明美ちゃん、栄子さん、ビアクさんとの出会いは私には晴天の…ならぬ、晩年の霹靂以外の何者でもない。その栄子さんが近々訪ねてくれると先程聞かされた。それを思えば彼方の夕日が一瞬でも光を増したようにも見えた。
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