夏と先生と初恋。

もう遅いかもしれない。


オーディションには間に合わないかもしれない。


でも、自分を信じぬいたソロを吹きたいと思った。



「大丈夫だよ、———。」



立ち上がった藤木先生が保健室の扉をくぐる瞬間、ひまり、とわたしの名前を呼んだような気がした。




✳︎ ✳︎ ✳︎




人の少ない電車に乗るのは久しぶりだ。


普段は退勤ラッシュと被って、箱詰め状態の電車で帰るからこそ、席に座れる今日は珍しい。


スマホに表示される時間はまだ早い。


わたしはあの後少し保健室で休んでから、帰ることにした。


少しだけ余裕のできた今振り返ってみると、ついさっきまでの自分の異常さがよくわかる。


保健室で寝てきたはずなのに、今だって、眠くて眠くてたまらない。


電車の心地よい揺れにつられて目をつぶる。


電車は、梅雨特有の湿気の多い空気を切り裂くように軽快に進んでゆく。


真っすぐに、新緑の季節へ向かっているような気がした。
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