王命結婚 ~他の女性を一途に愛する旦那様との契約~
新郎が早々に席を辞した後の結婚式は、針の筵だった。
あんな夫でも、一応は王弟殿下──その身分から、令嬢達の人気を集めたお人。
彼の婚姻を嘆く声は、私への嘲りに変化した。
確かに、格好いい人だとは思う。
騎士として鍛錬を積んだ肉体は逞しく、短く刈り込んだ黒髪は凜々しさを醸し出している。
しかし──私を見下ろすあの冷酷な瞳。
あの紅色に射竦められた時から、身体の震えが止まらない。
私でさえただの政略結婚だと割り切っていたというのに、彼は、私を恨んででもいるかのようだ。
どうして……個人的な付き合いなど、一切無いというのに。
そんなにも、この結婚が嫌だったのだろうか。
新婚初夜も──当然、夫は現れない。
結婚式を中座するくらいだもの、最初から期待なんてしていないわ。
きっと、今後も冷めた夫婦関係が続くのでしょうね。
こんな関係、夫婦と呼べるのかしら……自嘲気味な笑みが零れる。
もう、開き直って眠ってしまおうか──そう思った時だった。
「奥様、よろしいでしょうか」
控えめなノックの音。
年嵩を感じさせる声は、夫──王弟殿下の物ではない。
当然、彼が来るなんて最初から思っていないけれど。
「なぁに?」
「少々、お話がございます」
扉の向こうに立っていたのは、屋敷の執事長だった。
年相応の皺を湛えた彼の顔には、じっとりと汗が滲んでいた。
「初夜の寝室に使用人を迎え入れろと?」
「いえ、そのようなつもりは毛頭ございません。ただ……」
私の言葉に、執事長は恐縮して頭を下げた。
……彼に文句を言っても仕方ないと分かっている。
分かってはいるけれど、つい、やり場のない感情が吹き零れてしまった。
「なぁに。手短に言ってくれる?」
「は……旦那様には、以前から大切にしておられるご令嬢がおりますので……」
頭を下げたままで、執事が言葉を続ける。
「奥様との契約も、その方を思ってのこと……何卒、ご理解ください。当家での暮らしでは、決してご不便はお掛けいたしません」
床に額を擦りつけんばかりの勢いで、頭を下げる執事長。
白い物が混じった彼の頭を、感情の籠もっていない瞳で見下ろす。
他に好きな女性が居るから、何?
だったら、なんで私と結婚したの?
そう言いたいところを、拳を握りしめて、ぐっと堪える。
不満を執事長にぶつけたところで、仕方が無い。
当人である王弟殿下──私の夫は、この場には居ないのだから。
「……分かりました。契約通り、私は私で好きにさせていただいてよろしいですね?」
「そ、それは勿論。当家での生活で、何一つ不自由はさせません!」
「いいえ、それは結構です」
執事の言葉をぴしゃりと撥ね除け、開きっぱなしだった寝室の扉をくぐって、部屋の中へと戻る。
「何一つ求めたりはいたしませんので、私のことは、どうかお構いなく」
そう言い捨てて、バタンと扉を閉めた。
彼に当たり散らしても仕方ないと思いながらも、結局はこんな態度を取ってしまった。
ああ、自分が嫌になる……。
会社勤めの世知辛さは、嫌ってほど身に染みているというのにね。
……そう。
私には伯爵令嬢としての生以外に、前世の記憶がある。
今よりも文明が発達したその世界では、女性が手に職を付けて、社会進出していた。
その知識を使えば、様々な未来が描けるはずだ。
そうだ。
こんなところでくだを巻いているよりも、私は私で、出来ることをしよう。
夫がその気なら、好きにさせてもらうわ。
せっかく田舎の伯爵領から出てきたんですもの、王都で商売をして、一旗揚げてやるんだから。
そして王家の支援なんて無くても、伯爵家がやっていけるようにしてやる!
今に見てなさいよ!!
あんな夫でも、一応は王弟殿下──その身分から、令嬢達の人気を集めたお人。
彼の婚姻を嘆く声は、私への嘲りに変化した。
確かに、格好いい人だとは思う。
騎士として鍛錬を積んだ肉体は逞しく、短く刈り込んだ黒髪は凜々しさを醸し出している。
しかし──私を見下ろすあの冷酷な瞳。
あの紅色に射竦められた時から、身体の震えが止まらない。
私でさえただの政略結婚だと割り切っていたというのに、彼は、私を恨んででもいるかのようだ。
どうして……個人的な付き合いなど、一切無いというのに。
そんなにも、この結婚が嫌だったのだろうか。
新婚初夜も──当然、夫は現れない。
結婚式を中座するくらいだもの、最初から期待なんてしていないわ。
きっと、今後も冷めた夫婦関係が続くのでしょうね。
こんな関係、夫婦と呼べるのかしら……自嘲気味な笑みが零れる。
もう、開き直って眠ってしまおうか──そう思った時だった。
「奥様、よろしいでしょうか」
控えめなノックの音。
年嵩を感じさせる声は、夫──王弟殿下の物ではない。
当然、彼が来るなんて最初から思っていないけれど。
「なぁに?」
「少々、お話がございます」
扉の向こうに立っていたのは、屋敷の執事長だった。
年相応の皺を湛えた彼の顔には、じっとりと汗が滲んでいた。
「初夜の寝室に使用人を迎え入れろと?」
「いえ、そのようなつもりは毛頭ございません。ただ……」
私の言葉に、執事長は恐縮して頭を下げた。
……彼に文句を言っても仕方ないと分かっている。
分かってはいるけれど、つい、やり場のない感情が吹き零れてしまった。
「なぁに。手短に言ってくれる?」
「は……旦那様には、以前から大切にしておられるご令嬢がおりますので……」
頭を下げたままで、執事が言葉を続ける。
「奥様との契約も、その方を思ってのこと……何卒、ご理解ください。当家での暮らしでは、決してご不便はお掛けいたしません」
床に額を擦りつけんばかりの勢いで、頭を下げる執事長。
白い物が混じった彼の頭を、感情の籠もっていない瞳で見下ろす。
他に好きな女性が居るから、何?
だったら、なんで私と結婚したの?
そう言いたいところを、拳を握りしめて、ぐっと堪える。
不満を執事長にぶつけたところで、仕方が無い。
当人である王弟殿下──私の夫は、この場には居ないのだから。
「……分かりました。契約通り、私は私で好きにさせていただいてよろしいですね?」
「そ、それは勿論。当家での生活で、何一つ不自由はさせません!」
「いいえ、それは結構です」
執事の言葉をぴしゃりと撥ね除け、開きっぱなしだった寝室の扉をくぐって、部屋の中へと戻る。
「何一つ求めたりはいたしませんので、私のことは、どうかお構いなく」
そう言い捨てて、バタンと扉を閉めた。
彼に当たり散らしても仕方ないと思いながらも、結局はこんな態度を取ってしまった。
ああ、自分が嫌になる……。
会社勤めの世知辛さは、嫌ってほど身に染みているというのにね。
……そう。
私には伯爵令嬢としての生以外に、前世の記憶がある。
今よりも文明が発達したその世界では、女性が手に職を付けて、社会進出していた。
その知識を使えば、様々な未来が描けるはずだ。
そうだ。
こんなところでくだを巻いているよりも、私は私で、出来ることをしよう。
夫がその気なら、好きにさせてもらうわ。
せっかく田舎の伯爵領から出てきたんですもの、王都で商売をして、一旗揚げてやるんだから。
そして王家の支援なんて無くても、伯爵家がやっていけるようにしてやる!
今に見てなさいよ!!