婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~


お風呂を終えて萩の間に戻ると、食事をしていた机はどかされて代わりに布団が二組み敷かれていた。

「……」

……うわぁ、なんだか生々しい。

言葉が出ないでいると、後ろから静かな低い声がした。

「俺、廊下で寝ようか」
「綾斗さん!」

いつの間に後ろに……!

浴衣姿でお風呂上がりの湿った髪が色気を倍増させている綾斗さんに、一瞬目がくらみそうになる。

破壊力が……!

顔が熱くなるのを感じて目を逸らした。直視したら目がやられる。

「せ、専務を廊下で寝させるわけにはいきません」

そんなこと、部下としてできるはずがない。

「でも今更、別で寝るわけにはいかないだろ?」
「まぁ……。婚約者なのに別で寝てたらきっと父に何か言われそうですね……」

思わずつぶやいた言葉に、綾斗さんは少しだけ困ったように笑った。

「そうだな」
「少し布団を離しましょう」
「ああ」

私は布団を窓際の方へ寄せる。すると、綾斗さんが眉間に眉を寄せた。

「そんなに窓に寄ったら寒いだろ」
「大丈夫ですよ」
「いや、寒い。朝晩は冷えるってお父さんが言ってたぞ」

そう言うと、ズズッと布団を少し戻した。

……いや、これじゃ元と変わらないじゃん。

突っ込みを入れたくなったが、綾斗さんが「これでよし」とか言うから何も言えなくなってしまった。

何も良くない。この絶妙にズレた感じって、御曹司だからなのかな? 関係ないか。

「そんなに警戒しなくてもいい」
「え……?」
「同じ部屋で寝るのは嫌なんだろ?」

壁側の自分の布団の上に座った綾斗さんは、怒るわけでも悲しそうなわけでもなくただ真っ直ぐに私を見てくる。

「嫌っていうか……」

緊張するが正解だ。ドキドキして落ち着かない。
すると綾斗さんは両手を上にあげた。

「誓って手は出さない」
「綾斗さん……」
「旅館とはいえ、さすがに挨拶に来た婚約者の実家で抱く勇気はないよ」
「抱……!?」

綾斗さんは口角を上げ、どこかおちゃらけた口調で肩をすくめる。対する私は真っ赤だ。

「もう! ふざけないでくたさい」

元からそんなつもりもないくせに。でも冗談で私の気を紛らわそうとしてくれたのだろう。

「ああ、それとも……」

綾斗さんは低く甘い声を出す。すっと私に近づき、妖艶に微笑んだ。

「手を出してほしかった……とか?」
「えっ!?」
「だったら遠慮しないけど」

遠慮しないって何!? 何を遠慮しないの!?

「ち、違います!」

真っ赤な顔で必死に首を振ると、綾斗さんが小さく噴き出した。

「冗談だ。今日は疲れたな。すぐに寝れそうだ」

そう言って目を閉じる。
もしかして、気を紛らわせようとしてくれたのかな……。

「……あんまり見つめられると、茉白が何か期待していると解釈するが?」
「してません!」

慌てて否定すると綾斗さんの喉が上下して笑い声が漏れた。

「じゃあ、寝ろ」
「はい……」

もう緊張がほぐれてきた。
意識するなというのは無理だけど、さっきまてのドキドキ感は薄らいだようだ。

私は少し気持ちが軽くなった状態で、言われた通り部屋の電気を消した。

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