婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
ヘアメイクを済ませた私はドレスに袖を通した。ドレスは裾と胸元を軽く詰める程度でほぼ奇跡的に合った。
……くぅ、詰めた胸が虚しい。
トホホと肩を落としながら、鏡の前に立った私はしばらく声をなくした。
白いウエディングドレス、胸元はシンプルだが、スカートの裾にむかって繊細で細かな刺繍レースが施されている。
派手なドレスではない、しかし、品があり温かみを感じられるデザインだった。
「とても良く似合っています」
スタッフの一人が満足そうに微笑んだ。
「そう……ですかね」
自分の顔を見るとなんだかむず痒い。プロのヘアメイクがより一層、私が私ではないような気分にさせてくれる。
花嫁さんって、こんな気分なのかな。
いつもの自分とは違う、まるでお姫様になったような気分。これから、好きな人の隣に立つのだ。そんなのたまらなく幸せに決まっている。
「どう? 出来た?」
スタッフに呼ばれた椎葉さんが部屋に入ってくる。じっと私を見る目はプロそのもの。針と糸をスタッフから受け取るとあっという間に手直しをして満足そうに頷いた。
「俺の見立てに間違いはなかったな」
「ありがとうございます……」
「よし、じゃあ行こうか。綾斗が待っている」
促されて式場に向かう。
教会の中に入り、バージンロードの入口で足が止まった。
祭壇前でスタッフと打ち合わせている綾斗さん。
式に合わせた白いタキシードに、きちんと整えられた髪。モデル顔負けのその姿はまるで本物の花婿のようで、胸が痛いくらいに高鳴った。
綾斗さんがこちらに気が付いて、一瞬表情が変わった気がした。そしてすぐにクールな表情に戻った。
「……遅い」
「す、すみません」
私は慌てて歩き出そうとすると、綾斗さんの方が先に私の前までやってきた。
「そのままでいい。入口から撮るそうだ」
「はい……」
目の前まで来た綾斗さんの姿を改めてみて、あまりの格好良さに頬が熱くなる。しかし、綾斗さんは私が緊張でぎこちなくなっていると思ったようだ。
「そんなに緊張するな」
低い声が耳元に落ちてくる。
「するなと言う方が無理ですよ……」
「俺を見ていろ、カメラではなく」
「え……」
顔をあげると、私を見下ろす綾斗さんと目が合う。そして、さらに声を落として私に囁いた。
「婚約者のフリの続きだと思えばいい」
「っ……!」
続きって……。
微かに口角をあげたその顔は専務ではなく、私が知るあの綾斗さんの表情だった。
「――――では、撮影を始めます!」
監督の声に、私は反射的に背筋を伸ばした。
これは婚約者のフリの続き。
そう思い込もうとしているけれど、あくまでもフリだから。綾斗さんの隣に立つこの瞬間が、本物だったら……と少しだけ切なさを感じた。