婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
しばらくして、綾斗さんが部屋に戻ってきた。隣に敷かれた布団の上に座る気配がする。
「……寝ているのか」
低い声が私に向けられる。答えなかった。寝たふりをした。綾斗さんが横になったのだろう、背中側で布団がめくられた布ずれの音がする。
再び静かになった部屋に、また綾斗さんの声がした。
「……茉白」
「……」
「起きているだろう」
「……寝ています」
「嘘つくな」
綾斗さんがふっと笑う。
もう答えてしまったし、これ以上寝たふりは出来ない。布団の中で小さく息を吸った。
「……何ですか」
「こっちを向け」
「……嫌です」
「なぜ」
「むいたら眠れなくなりそうなので」
「今も眠れてないだろう」
……そうだけど。
返す言葉がなくて黙っていると、綾斗さんの気配が動いた。肩に手を置かれ、やや強引に上を向かされる。
「ちょっ……」
ゴロンと上を向くと、綾斗さんが私の上から見下ろしていた。
顔の横に手を置かれ、まるで組み敷かれているかのような体勢に少しだけ赤くなる。体の上に、綾斗さんの重みを少しだけ感じた。
それが妙にリアルだ。
「っ……綾斗さん」
やや非難めいた声で名前を呼ぶが、当の本人は涼しい顔だ。近い距離で真っすぐ見つめてくる綾斗さんに胸が高鳴る。
「ち、近いです……」
「一回目の帰省より距離は近くない」
それは物理的な意味なのか、精神的な意味なのか……。
「あの時と今とでは……、違います」
「どう違う」
淡々と聞かれ、グッと胸に詰まるものがあった。
それを聞くの? わかっているくせに。
「……視察のことを知った今、前のようにとはいかないです」
綾斗さんの瞳がわずかに揺れる。
恋人同士だったら、本物の婚約者だったら今のこの状態は凄くいい雰囲気だっただろう。甘い関係に持っていくにはちょうどいい。
でも、今の私たちにはなんだか物悲しい空気が流れる。
「茉白、一つだけ聞いていいか」
「……はい」
「俺のことを嫌いになったか?」
予想外の問いに息が止まった。
嫌い? そんなわけがない。むしろ、好きだから辛い。
「……嫌いじゃないです」
「なら……」
「でも」
「でも?」
私の目から一粒涙がこぼれる。綾斗さんが優しい手つきでそっとそれをぬぐった。
「綾斗さんの側に居たかったから……、辛い……」
「茉白……」
涙をこぼす私の頬を綾斗さんが何度もぬぐう。暗闇の中でも、その目が真っすぐ私を見つめていた。
「っ……」
水族館で顔を寄せた時よりももっと、近い距離で見つめ合った。キスができてしまいそうで、私は動揺した。
「あ、綾斗さん……」
「ん?」
「……近いです」
「知っている。嫌なら俺を突きとばせ」
低い甘い声が上から降ってくる。突き飛ばそうと思えば簡単だった。でも、離れられなかった。きっと真っ赤な顔で綾斗さんを見ているのだろう。
綾斗さんが好き。だからキスしたってかまわない。その後の胸の痛みに耐えられるかは、別の話だが。
しばらくの間、見つめ合っていたが、綾斗さんは少しだけ自分の唇を噛むと私から顔を逸らした。そして体を私の上から退けると、横にゴロンと転がる。綾斗さんの温もりが上から横に移った。
「茉白、今はこれだけだ」
そう言って、私の手をそっと握る。大きくて温かな温もり。
「え……」
「明日、話を聞いてくれるか?」
「……」
「頼む、逃げるな」
その一言に、胸がぎゅっとなる。
「……わかりました」
「約束だ」
「……はい」
そうして綾斗さんは自分の布団に戻った。離れた手の温もりが少しだけ寂しい。
何で、どうしてこんなことをするの? 綾斗さんのことがますますわからない。
話を聞いたところで傷つくだけなのに、約束をしてしまったからもう逃げることはできない。
さよならのリミットが近づいている。そう感じた。
「……寝ているのか」
低い声が私に向けられる。答えなかった。寝たふりをした。綾斗さんが横になったのだろう、背中側で布団がめくられた布ずれの音がする。
再び静かになった部屋に、また綾斗さんの声がした。
「……茉白」
「……」
「起きているだろう」
「……寝ています」
「嘘つくな」
綾斗さんがふっと笑う。
もう答えてしまったし、これ以上寝たふりは出来ない。布団の中で小さく息を吸った。
「……何ですか」
「こっちを向け」
「……嫌です」
「なぜ」
「むいたら眠れなくなりそうなので」
「今も眠れてないだろう」
……そうだけど。
返す言葉がなくて黙っていると、綾斗さんの気配が動いた。肩に手を置かれ、やや強引に上を向かされる。
「ちょっ……」
ゴロンと上を向くと、綾斗さんが私の上から見下ろしていた。
顔の横に手を置かれ、まるで組み敷かれているかのような体勢に少しだけ赤くなる。体の上に、綾斗さんの重みを少しだけ感じた。
それが妙にリアルだ。
「っ……綾斗さん」
やや非難めいた声で名前を呼ぶが、当の本人は涼しい顔だ。近い距離で真っすぐ見つめてくる綾斗さんに胸が高鳴る。
「ち、近いです……」
「一回目の帰省より距離は近くない」
それは物理的な意味なのか、精神的な意味なのか……。
「あの時と今とでは……、違います」
「どう違う」
淡々と聞かれ、グッと胸に詰まるものがあった。
それを聞くの? わかっているくせに。
「……視察のことを知った今、前のようにとはいかないです」
綾斗さんの瞳がわずかに揺れる。
恋人同士だったら、本物の婚約者だったら今のこの状態は凄くいい雰囲気だっただろう。甘い関係に持っていくにはちょうどいい。
でも、今の私たちにはなんだか物悲しい空気が流れる。
「茉白、一つだけ聞いていいか」
「……はい」
「俺のことを嫌いになったか?」
予想外の問いに息が止まった。
嫌い? そんなわけがない。むしろ、好きだから辛い。
「……嫌いじゃないです」
「なら……」
「でも」
「でも?」
私の目から一粒涙がこぼれる。綾斗さんが優しい手つきでそっとそれをぬぐった。
「綾斗さんの側に居たかったから……、辛い……」
「茉白……」
涙をこぼす私の頬を綾斗さんが何度もぬぐう。暗闇の中でも、その目が真っすぐ私を見つめていた。
「っ……」
水族館で顔を寄せた時よりももっと、近い距離で見つめ合った。キスができてしまいそうで、私は動揺した。
「あ、綾斗さん……」
「ん?」
「……近いです」
「知っている。嫌なら俺を突きとばせ」
低い甘い声が上から降ってくる。突き飛ばそうと思えば簡単だった。でも、離れられなかった。きっと真っ赤な顔で綾斗さんを見ているのだろう。
綾斗さんが好き。だからキスしたってかまわない。その後の胸の痛みに耐えられるかは、別の話だが。
しばらくの間、見つめ合っていたが、綾斗さんは少しだけ自分の唇を噛むと私から顔を逸らした。そして体を私の上から退けると、横にゴロンと転がる。綾斗さんの温もりが上から横に移った。
「茉白、今はこれだけだ」
そう言って、私の手をそっと握る。大きくて温かな温もり。
「え……」
「明日、話を聞いてくれるか?」
「……」
「頼む、逃げるな」
その一言に、胸がぎゅっとなる。
「……わかりました」
「約束だ」
「……はい」
そうして綾斗さんは自分の布団に戻った。離れた手の温もりが少しだけ寂しい。
何で、どうしてこんなことをするの? 綾斗さんのことがますますわからない。
話を聞いたところで傷つくだけなのに、約束をしてしまったからもう逃げることはできない。
さよならのリミットが近づいている。そう感じた。