婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~

目が覚めた時、隣はもう空だった。
起きあがると、広縁の椅子に綾斗さんが座っている。朝の庭を見ながら、コーヒーを飲んでいたようだ。

「……おはようございます」
「おはよう。眠れたか?」
「……少し」

深く眠れたわけではなかったが。
すると、綾斗さんは庭を見たまま静かに言った。

「昨日の約束、覚えているか」
「はい……」
「話を聞いてくれるな」
「……」

覚えている。逃げるなと言われたことも。
でも……。どうしよう……。朝になったらやっぱり怖かった。全ては視察のためだと言われたら、今までの思い出が汚れてしまいそうで……怖い。

「茉白」
「……案内します、町を。視察のために……、必要ですよね? 話はそこで」

綾斗さんに微笑むが、どこか自虐的な笑顔になってしまった気がする。引き延ばしたって、結果は同じなのに。悪あがきする自分が情けない。
何も言えない綾斗さんから目を逸らして立ち上がった。

「朝ごはんの後で出ましょう」
「……わかった」

綾斗さんはそれ以上何も言わなかった。私もそれ以上何も言えず、着替えを持って部屋を出る。

逃げているのはわかっている。でも、少しでも先延ばしにしたかった。
綾斗さんもそれに気が付いている。だから何も言わずに黙った。

ごめんなさい、でもちゃんと聞くから。もう少しだけ待って。


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