婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
その日の夜。
私たちは再び萩の間を予約していた。
もっと広い部屋でもいいのにと思ったが、綾斗さんがここがいいというのだ。綾斗さんにとって、この部屋は思い出の部屋らしい。
特にこだわりのなかった私は二つ返事で了承した。
私にとってもこの部屋は思い出深い。以前泊まった時は、ドキドキするのに切なくて胸が苦しくて……。
布団の距離だけではなく、心にも大きな距離が開いていた。
今はこんなにも穏やかなポカポカした気持ちで泊まれるなんて思いもしなかった。
「やっぱり温泉は最高だな」
部屋に戻ってきた綾斗さんは浴衣姿に色気を振りまきながら、穏やかな顔で部屋に戻ってきた。
本当、破壊力が凄い。
「……露骨に目を逸らされると、無理やりにでもこちらを向かせたくなるな」
私の反応に口角をあげた綾斗さんはずいっと近寄る。畳の上に座っていた私は思わず後ろに下がった。
「俺の浴衣姿にそそられた?」
「……っはい」
「茉白も色っぽくて……、ここが実家じゃなければ今すぐにでも押し倒していた」
色気たっぷりに呟くと、私のおでこにチュッと音を鳴らしてキスを落とした。
それにしても、と綾斗さんが布団を見て嬉しそうに微笑んだ。
「距離が縮まったな」
二組の布団がピッタリとくっついている。今までのように離すことはない。
すると、綾斗さんがぼそっと呟いた。
「……また春頃だな」
「何がですか?」
「ここにくるのは」
「そんなにしょっちゅう来なくてもいいんですよ。あ、それとも仕事でですか?」
「いや、正式な挨拶」
「正式な……挨拶?」
キョトンとすると綾斗さんは私の頬をそっと撫でながら言った。
「今度は本物の結婚の……、正式な挨拶」
「え……」
「受け取ってもらえると嬉しい」
そう言って綾斗さんは浴衣の袖から小さな箱を取り出した。青いベルベッドの箱は、一目見ただけで何が入っているかがわかる。
ゆっくりと開けると、ダイヤモンドが埋め込まれたキラキラ光る指輪が入っていた。
「これ……」
「前のお義姉さんに聞かれただろう? 婚約指輪の事。ちゃんと着けていないと怪しまれるからな」
取り出してそっと左手の薬指に嵌めてくれた。
思わず手をかざして見上げるが、すぐに目の前が歪む。涙が頬を伝るのを、綾斗さんがそっとぬぐってくれた。
「気に入らなかったら、別のを買いに行こう」
「いいえ。これがいいです。とっても素敵……。ありがとうございます、綾斗さん」
綾斗さんの胸元に頬を寄せると、ギュッと抱きしめてくれる。
「言っておくが、偽装のためじゃない」
「はい……」
「茉白と結婚したい。だから婚約者として、それを着けていてほしい」
「はい」
正式な婚約者になったんだ。
ほんの数か月前までは思いもしなかった。
会社の専務と偽装婚約して、自分のために親に紹介した。今は、胸を張って両親に「この人と結婚する」と言うことができる。
愛する人と結婚できるんだ。
諦めなくてよかった。
実家の恥だからと、無理やりお見合いなんてしなくてよかった。
こうして最愛の人と巡り会えたんだから。
夜景の見えるレストランじゃないところが私たちらしい。でも、綾斗さんがここを選んだのがよくわかる。私たちの新たなスタート場所としてはふさわしいのかもしれない。
「綾斗さん、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ」
嘘から始まった関係。
今度こそ、本当の婚約者に。
END
私たちは再び萩の間を予約していた。
もっと広い部屋でもいいのにと思ったが、綾斗さんがここがいいというのだ。綾斗さんにとって、この部屋は思い出の部屋らしい。
特にこだわりのなかった私は二つ返事で了承した。
私にとってもこの部屋は思い出深い。以前泊まった時は、ドキドキするのに切なくて胸が苦しくて……。
布団の距離だけではなく、心にも大きな距離が開いていた。
今はこんなにも穏やかなポカポカした気持ちで泊まれるなんて思いもしなかった。
「やっぱり温泉は最高だな」
部屋に戻ってきた綾斗さんは浴衣姿に色気を振りまきながら、穏やかな顔で部屋に戻ってきた。
本当、破壊力が凄い。
「……露骨に目を逸らされると、無理やりにでもこちらを向かせたくなるな」
私の反応に口角をあげた綾斗さんはずいっと近寄る。畳の上に座っていた私は思わず後ろに下がった。
「俺の浴衣姿にそそられた?」
「……っはい」
「茉白も色っぽくて……、ここが実家じゃなければ今すぐにでも押し倒していた」
色気たっぷりに呟くと、私のおでこにチュッと音を鳴らしてキスを落とした。
それにしても、と綾斗さんが布団を見て嬉しそうに微笑んだ。
「距離が縮まったな」
二組の布団がピッタリとくっついている。今までのように離すことはない。
すると、綾斗さんがぼそっと呟いた。
「……また春頃だな」
「何がですか?」
「ここにくるのは」
「そんなにしょっちゅう来なくてもいいんですよ。あ、それとも仕事でですか?」
「いや、正式な挨拶」
「正式な……挨拶?」
キョトンとすると綾斗さんは私の頬をそっと撫でながら言った。
「今度は本物の結婚の……、正式な挨拶」
「え……」
「受け取ってもらえると嬉しい」
そう言って綾斗さんは浴衣の袖から小さな箱を取り出した。青いベルベッドの箱は、一目見ただけで何が入っているかがわかる。
ゆっくりと開けると、ダイヤモンドが埋め込まれたキラキラ光る指輪が入っていた。
「これ……」
「前のお義姉さんに聞かれただろう? 婚約指輪の事。ちゃんと着けていないと怪しまれるからな」
取り出してそっと左手の薬指に嵌めてくれた。
思わず手をかざして見上げるが、すぐに目の前が歪む。涙が頬を伝るのを、綾斗さんがそっとぬぐってくれた。
「気に入らなかったら、別のを買いに行こう」
「いいえ。これがいいです。とっても素敵……。ありがとうございます、綾斗さん」
綾斗さんの胸元に頬を寄せると、ギュッと抱きしめてくれる。
「言っておくが、偽装のためじゃない」
「はい……」
「茉白と結婚したい。だから婚約者として、それを着けていてほしい」
「はい」
正式な婚約者になったんだ。
ほんの数か月前までは思いもしなかった。
会社の専務と偽装婚約して、自分のために親に紹介した。今は、胸を張って両親に「この人と結婚する」と言うことができる。
愛する人と結婚できるんだ。
諦めなくてよかった。
実家の恥だからと、無理やりお見合いなんてしなくてよかった。
こうして最愛の人と巡り会えたんだから。
夜景の見えるレストランじゃないところが私たちらしい。でも、綾斗さんがここを選んだのがよくわかる。私たちの新たなスタート場所としてはふさわしいのかもしれない。
「綾斗さん、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ」
嘘から始まった関係。
今度こそ、本当の婚約者に。
END


