部長と私の秘め事
 気持ちを落ち着かせたあと、俺は中村さんに連絡をした。

【朱里がどこにいるか分かる?】

 すると彼女からすぐに返事があった。

【神保町のバーにいます。……あそこ、篠宮さんのお気に入りでしたよね。偶然ですけど、朱里も最近知って通ってるみたいです】

 店をすぐ理解した俺は、朱里が一人で飲んでいる事が不安になる。

【一緒じゃなかったのか?】

【さっきまで一緒に飲んでましたけど、『一人になりたい』って言われました。何となく、篠宮さんから連絡がありそうな気がしていたんですが、ドンピシャでしたね】

 まるで俺と朱里が惹かれ合っているような気持ちになり、ソワソワして落ち着かなくなる。

【ありがとう】

 俺は中村さんに礼を伝えたあと、一度部屋に行ってジュエリーショップの紙袋を持ってきた。

 妄想過多な俺は、いつ渡せるか分からない誕生日プレゼントを買っていた。

『どうせ渡せないだろうし』と思いつつもジュエリーを買ったが、今日が渡すタイミングなのかもしれない。

 ――彼氏にフラれて傷付いているなら、プレゼントをもらったら喜んでくれないか?

 その時の俺は精神がグチャグチャになっていて、嫌っている上司からいきなり数十万もするペンダントを渡される朱里の心境など考えられていなかった。

 ただ、彼女に会いたいという気持ち、怜香に言われたようなクズではなく、ちゃんと女性に喜んでもらえる男だと証明したいばかりに、衝動的にショッパーを手にしていた。

 俺はタクシーを拾って神保町のバーに向かい、急く気持ちのままドアを開ける。

 目の前にカウンター席が並んでいるなか、手前の席に朱里が突っ伏している。

『…………おい』

 俺は泥酔している朱里を見て小さく突っ込んだあと、溜め息をついて気持ちをとりなおし、彼女に近づく。

 その時俺は少し冷静になり、彼女が酔っぱらっている姿を見て、つい『面倒を見なくては』と思った。

 朱里はカウンターに突っ伏したまま、マスターに絡んでいる。

『最悪じゃないです? 友達みんなから、どう思われてるか……』

 ――俺がいるのに、まだ田村にこだわってんのかよ。

 理想と現実の落差にムッとした俺は、朱里の頭を背後からガシッと掴んだ。

『ふぇっ!?』

 驚いた彼女は俺を見上げ、混乱した表情で固まっている。

『おい、いい加減にしろ。いい恥さらしだ』

 俺は舌打ちして言ったあと、彼女が飲んだ料金を清算し、水を飲ませてからタクシーに押し込んだ。

 朱里はしばらくフニャフニャしていたが、酔いが覚めた頃にボソッと言う。

『……だって、女として見られないって言われたんです』

『誰に』

 田村に女扱いされていないという話は聞いたが、初耳という事にしておく。

〝速水部長〟ならそう答えるだろう。

 そのあと朱里は元彼とは体の相性が合わず、セックスを断っているうちに別れを切り出されたと話した。

 田村は相良加代と付き合っていて、来年結婚するそうだ。

 まだ未練がある朱里は、田村の結婚式で学友にどう噂されるか気にしているらしい。

『今年はあいつ、私じゃない女性(ひと)とクリスマスを過ごすんですよ。九年も私と付き合ったのに……。一日の私の誕生日を祝って、そのあとはすぐクリスマス。……思い出が一杯なのに……っ』

『セックスを嫌がってフラれたのに、元彼が今の彼女とヤるのが気に食わないのか。自分勝手じゃないか?』

 こいつの泣き言を聞いていると、だんだん腹が立ってきた。

 お前を十二年も想い続けた男が、ここにいるんだぞ?

 確かに愛情はあっただろうが、お前たち二人は根本的に違うところを見て付き合っていたんだ。ハナからうまくいくはずがねぇんだよ。

 ――いいから俺を見ろ。

心の底にどす黒い感情が湧き起こり、渦巻いていく。

『……だって、一応私の彼氏でしたし』

 悄然とした朱里を見ていると、どんどん嗜虐的な気持ちが高まっていった。

 詳細を聞かなくても、田村が下手だったのは分かる。

 ――そんな下手くそに抱かせてたのかよ。もったいねーな。

 ――お前を悦ばせられるのは俺だけだ。

 ――もう、指一本たりとも他の男に触らせるなよ。

 彼女は可愛い。美人だ。

 意志の強そうな眉に、猫のような大きな目。透明感すら感じさせるその目に見つめられると、心の底のドロドロとした想いを見透かされそうな錯覚を抱いてドキリとする。

 艶のある長い髪は腰近くまであり、しなやかな手脚は長く、重量感のある胸元は文句なしに魅力的だ。

 魅惑的なのは胸だけじゃない。肉感的な尻はキュッと上がっていて脚も長い。

 ナチュラルカラーのネイルが施された指を見ると、『大人の女になったんだな』と感慨深くなる。

 ――もう、俺の女になっちまえよ。大切にするから。

 俺は朱里と会話をしながら、心の中でゆっくりと理性を引き剥がしていった。

 ――もう駄目だ。

 ――今夜、俺はこいつを抱く。

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