部長と私の秘め事
 ――悪い。そんな顔をさせるつもりじゃなかった。

 そう言いたかったが、実際に口にすれば『何を今さら』と言われるだろう。

 朱里は会社でクールなキャラを貫いていたから、こんなに動揺した彼女を見たのは初めてと言える。

 それ以前に、愛知県で死ぬと騒いでいた彼女を知っているわけだが、篠宮ホールディングスに入社したあとの朱里は、大人びて落ち着きのある女性という印象が強かった。

 だから〝俺のせいで〟こんなにも感情を乱す様子を見て、歪んだ喜びを得てしまった。

『……とにかく、ジュエリーは受け取れませんから、誰か仲のいい女性にでもあげてくださいよ』

 俺から少し距離をとって椅子に座った朱里は、前髪を掻き上げて言う。

『女友達なんていねぇよ。……妹から拒否られたから、お前にやるって言ってるんだ。誕生日なんだろ? 誕生日でクリスマスも近いのに、元彼は結婚するわでズタボロになってるって言ってたじゃねぇか』

 頼むよ、受け取ってくれ。

 しかし朱里は手強い。

『~~~~だからって、これはやりすぎです。私はただの部下で、部長と親しくした覚えもありません。私に〝要らなかったら売れ〟って言うなら、部長が自分で売ればいいじゃないですか』

 俺はテーブルに頬杖をつき、溜め息をつく。

『可愛くねぇ女だな。じゃあ、何が欲しいんだよ』

 何でも言ってくれよ。お前の願いなら何でも叶えるから。

『ですから部長から誕生日を祝ってもらう理由はありません。私の事、好きなんですか? 違うでしょう? 今まで仕事の話以外、ろくに話した事ないんですから』

 朱里は売り言葉に買い言葉という感じでそう言い、どうだというように俺を睨んでくる。

 ……ふぅん? そうきたか。

 なら本当の事を言ってやるよ。

『好きだって言ったら?』

 サラッと本音を口にすると、朱里は目をまん丸に見開いて『えっ!?』と声を上げた。

『お前の事、ずっと見ていて、ずっと想い続けていたって言ったら?』

 さらに煽るように言うと、朱里は完全にフリーズしてしまった。

 こいつが俺を快く思っていないのは分かっていたが、抱いて言葉にして、やっと愛されてるって自覚してくれたか?

 彼女の様子を窺っていると、俺を見つめたまま微動だにせず、思考を止めている。

 ……やれやれ、いきなりガチ恋だって言っても信じてくれないか。

 溜め息をついた俺は、立ちあがると手を延ばし、『バーカ』と笑って朱里の鼻を指で弾いた。

『いだっ』

 そのあと俺は資料を配り始め、話は変わるけど……という体で、さらに話を詰めた。

『今週末、飯行かないか?』

 サラッとさり気なく誘えたつもりでいたが、朱里は不審そうな顔で本音を漏らす。

『……何でですか』

 まぁ、確かにそうなるか。

 朱里からすれば酔った勢いで抱いてきた上司だし、本気かどうか分からないもんな。

『こんだけ関わりができたなら、じっくり話してみてもいいかと思って』

 断られたらどうしようと不安に思いつつも、俺は気持ちを落ち着かせるように、丁寧に資料を置いていった。

『……部長なら他に誘う女性がいるでしょう』

 朱里はテーブルに頬杖をつき、ブスッとむくれて言う。

 どうやら、まだからかわれてると思ってるみたいだ。どうやったらこの猫を手懐けられるもんか……。

 心の中で溜め息をついた時、脳裏によぎったのは中村さんから送られてきた動画だ。

 朱里はいつも食い物を美味そうに食っていて、若さゆえなのか食欲旺盛だった。

 社会人になったあとも『お肉と麺、お酒が好きです』と報告を受けていたし、……まさか、食い気で釣れたりしないよな。

 そう思いつつ、俺は釣り糸を垂らしてみる。

『銀座で高級肉をたらふく食わせてやる。勿論、酒も好きなだけ』

 すると朱里はパッと目を見開き、動揺して目を泳がせる。

(……やっぱり食い気かよ)

 内心でクスクス笑っていると、朱里は言い訳するようにボソッと呟く。

『……銀座って、食べ放題の所じゃないですし……』

『じゃあ、鉄板焼きの店に行って、そのあとバーで飲む。今度はお前が酔っぱらってもきちんと送るし、したくないなら送り狼はしない』

〝したくないなら〟って、する前提で言ってしまい、直後に反省する。

 ……駄目だ。こいつを前にしてると、色んな欲が抑えきれずに凡ミスばっかりする。

『……なんでそんなに私にこだわるんですか』

 朱里はしかめっつらをし、腕組みをする。

 嫌がっている顔をしているはずなのに、とても可愛く見えるのは俺の心のフィルターがぶっ壊れてるからだ。

 ――でも、あと一押しだな。

 そう思った俺は、彼女の心を大きく揺り動かす言葉を口にした。

『俺と条件ありで付き合ってみないか?』

『はい!?』

 うん、そうなるな。でも食いついた。

 俺は心の中でにんまりと笑う。

 そのあと、俺は継母から好きでもない相手と結婚させられようとしていると言い、話を聞いてもらう体で食事に誘う事に成功したのだった。



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