部長と私の秘め事
「私、感情を露わにするのが得意じゃないんですよ」
「どうして?」
「んー……」
それを話すには、まだ部長との付き合いが浅すぎるように感じた。
「今はまだ言わないでおきます。信頼してない訳じゃないんですけど、付き合いが浅いのに色々言いすぎるのはちょっと……」
再び歩き始めると、部長は私をしげしげと見てくる。
「心のシャッターが閉まった瞬間を見てしまった」
「そういう訳じゃないですけど」
私は溜め息をついて否定しておく。
わざと冷たくした訳じゃないけど、初めてのデートで自分の事を色々話しすぎるのはチョロすぎる。
この話をあまり掘り下げたくなかったので、私は話題を変える事にした。
「粘り強く仕事をするって、評価してくれてたんですね」
「これでも一応上司だからな。部下の様子はちゃんと見てるつもりだ」
私たちは映画館を出て、部長が予約しているイタリアンレストランに向かう。
歩きながら、私たちはさらに会話を続ける。
「『頑張り屋』って思っていたから、もともと俺はお前に好感を抱いていた。だから、バーで潰れてるのを見た時、介抱しようって思ったんだ」
「……介抱どころか、襲ってきたじゃないですか」
呆れて溜め息をつくと、部長は悪びれもせず笑う。
「お前だって悦んでたくせに」
……それは否定できない。
「でも異性として意識していないと、抱こうなんて思わない」
揶揄するように言ったあと真剣に言ってくるので、ますます部長にとって私が〝何〟なのか分からなくなる。
ワンナイトラブの関係と思ったらハイジュエリーを贈られ、かと思えば『条件付きで付き合うか』と言われ、何が望みなのか想像できない。
「……私、部長の事を何も知りません。知らない人に自分の気持ちを委ねられません」
塩対応気味に言ったあと、私は心の中で溜め息をつく。
(……こういう事を言うから、心のシャッターが下りたって言われるのかな)
自分でも可愛げのない性格をしているのは分かっている。
昭人はできた人だったけど、やっぱり素直じゃない私より、可愛らしくて頼ってくれる女性が良かったんだろう。
友達から昭人が結婚すると聞いた時、恵ではない友人に相手がどんなタイプなのか聞いてしまい、すぐに後悔した。
『悪いけど、朱里とは正反対のタイプかな。パッと見、小動物っぽくて可愛くて男受けしそうな感じ。男ってああいう感じ好きだよね。田村くんって商社勤めでコーヒーショップでノートパソコン開いてるタイプでしょ? 趣味は読書、好きな音楽はジャズ。物腰柔らかで大人っぽくて、みんなが騒いでるのを一歩退いたところで見てるタイプ。頭いい人だと思ってたんだけどなぁ……。だから大人びた朱里とお似合いだと思ってたんだよ。……なのに結局、男は可愛くてゆるふわな女が好きなんだね』
友人は溜め息をついて昭人が選んだ女性を批判していた。
それを恵に伝えると、彼女なりに慰めてくれた。
『恋人と別れたとして、同じタイプと付き合ったらまた破局するかもって思うのが人間じゃない? 田村が朱里とは真逆のタイプに惹かれても、不思議じゃないけど』
親友の忌憚ない意見を聞き、私は思わず『どっちの味方なの……』と彼女をジト目で見てしまった。
すると恵はあっけらかんとして言った。
『朱里が可愛くないなんて一言も言ってないよ。私にとって朱里は最高に美人で可愛い女性だから。……でも、自覚してると思うけど、あんたあんまり愛想がないほうだし、男を立てる事もしないでしょ? いつもマイペースで自然体っていうか。田村相手に恥じらったり、あいつの中の〝男〟を刺激する事は言わなかったし、しなかった。……だから、単に合わなかったんだと思うよ』
恵は良くも悪くも裏表がなく、嘘を言わない人だから信頼している。
姉のように面倒を見てくれる事も多かったから、昭人にフラれたのを引きずっている私を見かねて、あえてズバッと言った可能性もある。
自分でも昭人を悪者にしたいのか、未練があって「捨てないで。復縁して」と言いたいのか分からない。
でも私はひねくれている上にプライドが高いから、既婚者になる彼にみっともなく縋るのだけはやめておこうと思っていた。
――でも、悔しくて堪らない。
どうして私じゃ駄目だったのか、分かっているけれど納得できない。
毎日昭人を想って鬱々と過ごした私は、この一年何を食べても味気なく、生きてるんだか死んでるんだか分からない毎日を送っていた。
病んでいると言っていい状態だったから、突然距離を詰めてきた部長に『付き合わないか』と言われても信頼できるはずがなかった。
求めてくる部長に身を任せれば、一時的でも昭人を忘れられるかもしれない。でも……。
「だから、今日お互い色んな事を話して知り合うんだろ?」
不意に部長の声がクリアに聞こえ、私はハッと我に返る。
「どうして?」
「んー……」
それを話すには、まだ部長との付き合いが浅すぎるように感じた。
「今はまだ言わないでおきます。信頼してない訳じゃないんですけど、付き合いが浅いのに色々言いすぎるのはちょっと……」
再び歩き始めると、部長は私をしげしげと見てくる。
「心のシャッターが閉まった瞬間を見てしまった」
「そういう訳じゃないですけど」
私は溜め息をついて否定しておく。
わざと冷たくした訳じゃないけど、初めてのデートで自分の事を色々話しすぎるのはチョロすぎる。
この話をあまり掘り下げたくなかったので、私は話題を変える事にした。
「粘り強く仕事をするって、評価してくれてたんですね」
「これでも一応上司だからな。部下の様子はちゃんと見てるつもりだ」
私たちは映画館を出て、部長が予約しているイタリアンレストランに向かう。
歩きながら、私たちはさらに会話を続ける。
「『頑張り屋』って思っていたから、もともと俺はお前に好感を抱いていた。だから、バーで潰れてるのを見た時、介抱しようって思ったんだ」
「……介抱どころか、襲ってきたじゃないですか」
呆れて溜め息をつくと、部長は悪びれもせず笑う。
「お前だって悦んでたくせに」
……それは否定できない。
「でも異性として意識していないと、抱こうなんて思わない」
揶揄するように言ったあと真剣に言ってくるので、ますます部長にとって私が〝何〟なのか分からなくなる。
ワンナイトラブの関係と思ったらハイジュエリーを贈られ、かと思えば『条件付きで付き合うか』と言われ、何が望みなのか想像できない。
「……私、部長の事を何も知りません。知らない人に自分の気持ちを委ねられません」
塩対応気味に言ったあと、私は心の中で溜め息をつく。
(……こういう事を言うから、心のシャッターが下りたって言われるのかな)
自分でも可愛げのない性格をしているのは分かっている。
昭人はできた人だったけど、やっぱり素直じゃない私より、可愛らしくて頼ってくれる女性が良かったんだろう。
友達から昭人が結婚すると聞いた時、恵ではない友人に相手がどんなタイプなのか聞いてしまい、すぐに後悔した。
『悪いけど、朱里とは正反対のタイプかな。パッと見、小動物っぽくて可愛くて男受けしそうな感じ。男ってああいう感じ好きだよね。田村くんって商社勤めでコーヒーショップでノートパソコン開いてるタイプでしょ? 趣味は読書、好きな音楽はジャズ。物腰柔らかで大人っぽくて、みんなが騒いでるのを一歩退いたところで見てるタイプ。頭いい人だと思ってたんだけどなぁ……。だから大人びた朱里とお似合いだと思ってたんだよ。……なのに結局、男は可愛くてゆるふわな女が好きなんだね』
友人は溜め息をついて昭人が選んだ女性を批判していた。
それを恵に伝えると、彼女なりに慰めてくれた。
『恋人と別れたとして、同じタイプと付き合ったらまた破局するかもって思うのが人間じゃない? 田村が朱里とは真逆のタイプに惹かれても、不思議じゃないけど』
親友の忌憚ない意見を聞き、私は思わず『どっちの味方なの……』と彼女をジト目で見てしまった。
すると恵はあっけらかんとして言った。
『朱里が可愛くないなんて一言も言ってないよ。私にとって朱里は最高に美人で可愛い女性だから。……でも、自覚してると思うけど、あんたあんまり愛想がないほうだし、男を立てる事もしないでしょ? いつもマイペースで自然体っていうか。田村相手に恥じらったり、あいつの中の〝男〟を刺激する事は言わなかったし、しなかった。……だから、単に合わなかったんだと思うよ』
恵は良くも悪くも裏表がなく、嘘を言わない人だから信頼している。
姉のように面倒を見てくれる事も多かったから、昭人にフラれたのを引きずっている私を見かねて、あえてズバッと言った可能性もある。
自分でも昭人を悪者にしたいのか、未練があって「捨てないで。復縁して」と言いたいのか分からない。
でも私はひねくれている上にプライドが高いから、既婚者になる彼にみっともなく縋るのだけはやめておこうと思っていた。
――でも、悔しくて堪らない。
どうして私じゃ駄目だったのか、分かっているけれど納得できない。
毎日昭人を想って鬱々と過ごした私は、この一年何を食べても味気なく、生きてるんだか死んでるんだか分からない毎日を送っていた。
病んでいると言っていい状態だったから、突然距離を詰めてきた部長に『付き合わないか』と言われても信頼できるはずがなかった。
求めてくる部長に身を任せれば、一時的でも昭人を忘れられるかもしれない。でも……。
「だから、今日お互い色んな事を話して知り合うんだろ?」
不意に部長の声がクリアに聞こえ、私はハッと我に返る。