部長と私の秘め事
どうやら私は立ち止まってボーッとしていたらしい。
部長とデートしていたのに、昭人の事を考えていたのはさすがに失礼だ。
「……すみません。ボーッとしていました」
謝ると、彼は溜め息をついてポンと私の頭を撫でてきた。
「ま、大失恋したなら、すぐに切り替えられないよな」
彼は気を悪くする事なく、軽く笑む。
「……九年近くの付き合いだったので、急にいなくなられると喪失感が大きいです。『愛していたか?』って聞かれたら、明確に答えられません。結婚してないけど家族みたいな関係でした。一緒にいても気を遣わなくて済む人でしたけど、昭人はまだ男女の関係でイチャイチャしたかったんでしょうね」
私は再度歩きながら溜め息混じりに言う。
「上村と彼氏とで、望んでいたビジョンが食い違っていたんだろ。結婚してからズレに気づくより、結婚前に気づけたほうが良かったと思えばいいんじゃないか?」
昭人にフラれた事について、原因と結果は理解していても納得はできていない。
だから部外者の部長に知ったような口を利かれると、ついムカッとしてしまう。
(……でも第三者だからこそ、冷静に見られる事もあるんだろうな)
部長がいう通り、私は昭人とキスやセックスする事を求めず、同じ空間でのんびりできる安心感を求めていた。
逆に甘い雰囲気になるのが苦手で、昭人がそういう事を望んできた時は塩対応していた。
二十六歳である事を考えると、熟年夫婦みたいなまったりした空気感を醸し出すのは早すぎたのかもしれない。
「……確かに私は可愛げがないです」
「そう拗ねるなよ。……上村が今みたいな性格になったのは、生育環境が影響してるんじゃないか? 女性のほうが精神的に大人びてるのは確かだし、苦労なく育った同い年の男なら、精神年齢が合わなくても仕方ない」
言われて「確かに……」と思った。
私の家庭環境は〝普通〟ではない。
だから淡々とした、他人にあまり深入りしない性格になったのだと思う。
勿論、恵のように心を許した相手には本音を話すし、喜怒哀楽も表す。
でも初対面の人と打ち解けるのは遅いし、特に会社の人とはあまり深入りしないようにしていた。
会社の人が悪い訳ではなく、大切なものができたら対応が〝重たく〟なってしまうので、なるべく人を好きにならないようにしているのだ。
人間関係をこじらせたくなかったのは、家族に悩む事が多く、心の負担を増やしたくなかったからだ。
でも昭人は普通の家庭に生まれて、両親に愛されて育った人だ。
優秀なお兄さんにコンプレックスを抱いていると言っていたけれど、負けないように頑張って今では商社勤めだ。
細身の体にパリッとしたスーツを着てがむしゃらに働き、週末は同僚といいお肉を食べてお洒落なバーで一杯。
コーヒーショップで休憩する時は薄型ノートパソコンを開き、ニュースや株価をチェック。
服装はシンプルなデザインで質のいい物を好み、生き方そのものがお洒落だ。
私は充実した昭人を見て羨望を抱きながらも、心のどこかで「コーヒーショップで仕事する系ね」と冷笑していた。
それでなければリア充な彼に対し、根暗で陰キャな自分が不釣り合いだと思って不安になるからだ。
心の中で昭人を下に見なくても、彼と一緒にいると、自分は昭人に及んでいないと思い知らされる事が多々あった。
昭人はとても凄い人なのに、私はちっぽけでつまらない女。
恋人に劣等感を抱いていたからこそ、彼を失った今、自分の存在意義が分からなくなって心が脆くなっている。
遠い日、絶望した私を励ましてくれた恩人が心の中にいる。
なのにあの日から十年以上経った今、どう自分を励ましたらいいか分からない。
部長は励ますつもりで「精神年齢が合わない」と言ったのかもしれないけれど、「自分が幼すぎて昭人の足手まといになっていたのでは……」と被害妄想を抱いてしまった。
また自分が思考の沼に嵌まっていたと理解した私は、チラリと彼を見る。
「……部長なら年上の余裕で、手の掛かる部下を扱えるんですか?」
「こう見えて場数は踏んでるから、元彼より心が広いつもりだけど」
彼ににっこり笑われ、私はしかめっ面をしてそっぽを向いた。
本気じゃないイケメンに調子のいい事を言われても、何も響かない。
部長と一緒に歩いていると、すれ違う女性の視線が凄い。
高身長イケメンの彼は、黒いチェスターコートにブランド物のマフラーを巻き、シャツにジャケット、グレーのパンツという出で立ちだ。
シンプルな分、身長の高さとスタイルの良さが際立って、モデルかと思うぐらいだ。
そんな人に「付き合おう」と言われ、チョロい私はすぐにでも「はい」と言いそうになっているけれど、必死に自分を律している。
部長は格好いいしエッチもうまい。大人の包容力があるから、別れ話になってもうまくフッてくれるだろう。
だからこそ、沼る未来しか見えない。
昭人以上に入れ込んで、ボロボロになるのはまっぴらだ。
「はぁ……」
私はわざとらしく溜め息をついて、それ以上の会話を拒んだ。
部長とデートしていたのに、昭人の事を考えていたのはさすがに失礼だ。
「……すみません。ボーッとしていました」
謝ると、彼は溜め息をついてポンと私の頭を撫でてきた。
「ま、大失恋したなら、すぐに切り替えられないよな」
彼は気を悪くする事なく、軽く笑む。
「……九年近くの付き合いだったので、急にいなくなられると喪失感が大きいです。『愛していたか?』って聞かれたら、明確に答えられません。結婚してないけど家族みたいな関係でした。一緒にいても気を遣わなくて済む人でしたけど、昭人はまだ男女の関係でイチャイチャしたかったんでしょうね」
私は再度歩きながら溜め息混じりに言う。
「上村と彼氏とで、望んでいたビジョンが食い違っていたんだろ。結婚してからズレに気づくより、結婚前に気づけたほうが良かったと思えばいいんじゃないか?」
昭人にフラれた事について、原因と結果は理解していても納得はできていない。
だから部外者の部長に知ったような口を利かれると、ついムカッとしてしまう。
(……でも第三者だからこそ、冷静に見られる事もあるんだろうな)
部長がいう通り、私は昭人とキスやセックスする事を求めず、同じ空間でのんびりできる安心感を求めていた。
逆に甘い雰囲気になるのが苦手で、昭人がそういう事を望んできた時は塩対応していた。
二十六歳である事を考えると、熟年夫婦みたいなまったりした空気感を醸し出すのは早すぎたのかもしれない。
「……確かに私は可愛げがないです」
「そう拗ねるなよ。……上村が今みたいな性格になったのは、生育環境が影響してるんじゃないか? 女性のほうが精神的に大人びてるのは確かだし、苦労なく育った同い年の男なら、精神年齢が合わなくても仕方ない」
言われて「確かに……」と思った。
私の家庭環境は〝普通〟ではない。
だから淡々とした、他人にあまり深入りしない性格になったのだと思う。
勿論、恵のように心を許した相手には本音を話すし、喜怒哀楽も表す。
でも初対面の人と打ち解けるのは遅いし、特に会社の人とはあまり深入りしないようにしていた。
会社の人が悪い訳ではなく、大切なものができたら対応が〝重たく〟なってしまうので、なるべく人を好きにならないようにしているのだ。
人間関係をこじらせたくなかったのは、家族に悩む事が多く、心の負担を増やしたくなかったからだ。
でも昭人は普通の家庭に生まれて、両親に愛されて育った人だ。
優秀なお兄さんにコンプレックスを抱いていると言っていたけれど、負けないように頑張って今では商社勤めだ。
細身の体にパリッとしたスーツを着てがむしゃらに働き、週末は同僚といいお肉を食べてお洒落なバーで一杯。
コーヒーショップで休憩する時は薄型ノートパソコンを開き、ニュースや株価をチェック。
服装はシンプルなデザインで質のいい物を好み、生き方そのものがお洒落だ。
私は充実した昭人を見て羨望を抱きながらも、心のどこかで「コーヒーショップで仕事する系ね」と冷笑していた。
それでなければリア充な彼に対し、根暗で陰キャな自分が不釣り合いだと思って不安になるからだ。
心の中で昭人を下に見なくても、彼と一緒にいると、自分は昭人に及んでいないと思い知らされる事が多々あった。
昭人はとても凄い人なのに、私はちっぽけでつまらない女。
恋人に劣等感を抱いていたからこそ、彼を失った今、自分の存在意義が分からなくなって心が脆くなっている。
遠い日、絶望した私を励ましてくれた恩人が心の中にいる。
なのにあの日から十年以上経った今、どう自分を励ましたらいいか分からない。
部長は励ますつもりで「精神年齢が合わない」と言ったのかもしれないけれど、「自分が幼すぎて昭人の足手まといになっていたのでは……」と被害妄想を抱いてしまった。
また自分が思考の沼に嵌まっていたと理解した私は、チラリと彼を見る。
「……部長なら年上の余裕で、手の掛かる部下を扱えるんですか?」
「こう見えて場数は踏んでるから、元彼より心が広いつもりだけど」
彼ににっこり笑われ、私はしかめっ面をしてそっぽを向いた。
本気じゃないイケメンに調子のいい事を言われても、何も響かない。
部長と一緒に歩いていると、すれ違う女性の視線が凄い。
高身長イケメンの彼は、黒いチェスターコートにブランド物のマフラーを巻き、シャツにジャケット、グレーのパンツという出で立ちだ。
シンプルな分、身長の高さとスタイルの良さが際立って、モデルかと思うぐらいだ。
そんな人に「付き合おう」と言われ、チョロい私はすぐにでも「はい」と言いそうになっているけれど、必死に自分を律している。
部長は格好いいしエッチもうまい。大人の包容力があるから、別れ話になってもうまくフッてくれるだろう。
だからこそ、沼る未来しか見えない。
昭人以上に入れ込んで、ボロボロになるのはまっぴらだ。
「はぁ……」
私はわざとらしく溜め息をついて、それ以上の会話を拒んだ。