部長と私の秘め事
 最初、尊さんは敵対心バチバチだったのに、今は亮平に真剣に向き合っている。

 私の継兄だからといって事なかれ主義で誤魔化さず、思った事をストレートに言うけど、〝敵〟としてやっつけようとしていない。

 きっと亮平を〝話の通じる相手〟だと信頼して、ちゃんと話し合い、分かり合おうとしているんだと思う。

(私の継兄だから、今後のためにも、きちんと関係を構築しようとしているのかな)

 亮平は私を拉致したし、今まで継兄の立場を利用してセクハラ……ともなんとも言えない事をしていた。

 きっと尊さんは、私の恋人として怒りを抱いているだろうし、ビシッと言ってやりたい気持ちがあると思う。

 でも結婚すれば尊さんと亮平は義兄弟になる。

 だから彼は私と継兄の微妙な関係を第三者として丁寧に解きほぐし、わだかまりをなくそうとしてくれているんだと思う。

 ここで亮平を言い負かすのは簡単だけど、そうすれば結婚したあとに仲良くやっていくなんて、夢のまた夢になる。

 彼は前にこう言っていた。

『自分の家族仲が壊滅的な分、朱里のご家族とは仲良くやっていきたいな』

(……大人だな……)

 尊さんにそう伝えれば、彼はいつものように皮肉っぽく笑って『怜香に鍛えられたから』と言うんだろう。

(私は尊さんを、人の痛みが分かる優しい人だから好きになった。……だから私も、彼に似合う大人の女性にならなきゃ)

 ちょっと前まで私はプンプン怒って駄々をこねていたけれど、「あれは良くなかった」と反省した。尊さんといると、そう思わされる事が多くある。

 そう考えている間にも、亮平は思いだすように自分の気持ちを打ち明けていた。

「……確かに俺は実家にいた時も、朱里の気を引きたくて彼女ばかり見ていた気がします。でも美奈歩と差を付けてはいけないと思って、プレゼントする時は気を遣っていました。……それでも分かるもんなんですね、きっと」

「女性は何歳でも〝女〟ですからね。血の繋がった兄妹でも、〝お気に入り〟を他者に譲りたくない気持ちはあるんですよ。むしろ、他に替えがいない唯一無二の〝兄〟だから〝他の女〟に近づけたくないんでしょう」

 尊さんの言葉を聞き、亮平は溜め息をつく。

「……美奈歩と話し合わないと」

「そうする事をお勧めしますよ。……彼女さんは?」

 尊さんに尋ねられ、亮平は溜め息をつくと髪を掻き上げる。

「秋に別れました。……それも、朱里の事ばかり考えていたのを見透かされて、『気持ちが私にない』と言われました」

「その他の面では、いいお付き合いができていましたか?」

「……そうですね。穏やかでいい女性(ひと)でした。趣味も似ていて、笑うところも同じ、たまに刺激がほしくなるけど、いい付き合いはできていたと思います」

「復縁できないですか? 掛け違えたボタンを直せば、やり直せる気がしますけど」

 いつの間にか、彼らは険悪だった空気はどこかへ、真剣に話し合っている。

「結婚するなら、些細な事で一緒に笑える人が一番だと思いますよ」

「そう……、かな」

 亮平は自信なさげに言い、ポケットに手を突っ込んで溜め息をつく。

 尊さんはさらに続ける。

「朱里はつらい事があった分、『一人でも生き抜いてやる』という気概があります。亮平さんはそういう所に惹かれたのではありませんか?」

「……だと思います」

 車の中でも私の事を「強い」と言っていた亮平は、小さく頷く。

「亮平さんは模範的な長男で、大した非行もせず、周囲が期待する通りに生きてきたのではないでしょうか。特にお母さんが亡くなられたあと、お父さんに負担を掛けないよう、妹さんの面倒を見て、良い息子、良い兄でいようと努力されたんじゃないですか? ……そんなあなたは環境が落ち着いたあと、継妹という珍しい存在に惹かれて〝火遊び〟をしたいと願ってしまった」

 尊さんの言葉を聞いて、私は「それかも」と感じた。

 同時に、尊さんが亮平という王将の前で、パチリと王手を指したのを感じる。

 亮平はしばらく軽く瞠目したまま黙っている。……こりゃ図星かな。

 多分亮平は、私を気にする理由を自分でも理解していなかったんだと思う。

 だから尊さんの言語化されて核心を突かれ、驚きを感じているんだろう。

「……あなた、凄いですね。カウンセラーですか?」

 やがて亮平はそう言い、私は思わず「ぶふっ」と笑って横を向く。

「カウンセラーじゃないですよ。ちょっと人生の荒波に揉まれただけの、普通の男です」

 尊さんはとても柔らかな表情で笑っている。

 私たちが纏う空気が穏やかなものになったからか、亮平も肩の力を抜いたようだった。

 それから、何も気負っていない素の表情で言った。

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