部長と私の秘め事
 この男は本当に危険だ。

 分かっているのに、私は彼から逃げられずにいる。

 嫌だと思うなら〝なかった事〟にして、今まで通り過ごせばいい。

 なのに私は彼との今後を夢見て、グダグダ言いながらこの場に留まっている。

 私はそんな自分の幼稚さが嫌になり、苛立ちを尊さんにぶつけてしまう。

「~~~~性格悪っ」

 赤面して尊さんを睨み付けると、彼はニヤリと笑った。

「三十二歳で部長をやってるのに、正直者で性格がいいなんて言わねぇよ」

 そう言われ、確かに部長をするには異例の若さだと思った。

(これも事情があるのかな……)

 そう思ったけど、下手に尋ねて深入りするのが恐い。

 溜め息をついた私は、さらに〝尊さんと付き合いたくない理由〟を挙げる。

「……嫉妬されるのが恐いです。自分が女性社員に虎視眈々と狙われてるの、分かってますよね? 肉食女子に嫉妬されると思うと、本当に嫌です。子供っぽい虐めのターゲットになるのは絶対にごめんです」

 ハッキリ言うと、彼は眉を上げてシニカルに笑う。

「会社では接近しないし、匂わせもしない」

「…………どの口が言ってるんですか。先日会議室で二人っきりになったのは何なんですか。ボケたんですか?」

「悪かったって。もうしない」

 飄々とした態度で謝られても、その謝罪を信じていいのか分からなくなる。

 私は尊さんに翻弄されないように必死なのに、彼は楽しそうなのが気に食わない。

 思わず歯ぎしりしそうになったけど、私たちは今お洒落空間にいる。

 それを思いだした私は、再度食事の続きに取りかかった。

 こうなったら、タダ飯食いだけは満喫しないと。

「他に心配事は?」

 前菜を綺麗に食べ終えた尊さんは、紙ナプキンで口元を拭い微笑みかける。

「……どう考えても沼るじゃないですか。尊さんが私を大切にするほど、私はあなたに本気になって忘れられなくなるし、昭人にフラれた以上のダメージを負います」

 私は溜め息をつき、言葉を続ける。

「それに私、もう二十六歳ですよ? 尊さんみたいなハイスペ男性なら、幾つでも結婚相手が見つかるでしょうけど、女の結婚は若いほうが有利なんです。本当は年齢に縛られたくありませんし、何歳でも結婚していいと思います。……でも健康な子供を産める確率が高い年齢は決まっています。私は結婚したいし子供もほしいですし、時間を無駄にしたくないんです」

 彼は納得したように頷く。

「尊さんが私と結婚してくれるなら別です。でも違うでしょう? あなたは縁談を回避したいから、一時的に付き合ってほしいだけ。短期間恋人のフリをするだけなら付き合いますよ? でも継続的な付き合いを求めているなら、マイナスにしかなりません」

 私はそこまで言って大きな溜め息をつき、食器を下げにきたスタッフに会釈をする。

 尊さんはしばらく私を見つめていたけれど、小首を傾げてとんでもない事を言ってきた。

「じゃあ、結婚するか?」

「『じゃあ』ってなんですか!」

 私はとっさに突っ込む。

「結婚ですよ? 『なんちゃって恋人が無理なら結婚するか』って軽々しく言える事じゃないんです。何考えてるんですか。頭スッカラカンですか」

 今度こそ本当に彼の考えが分からなくなった私は、苛立ちまで感じ、あまりのムカつきに暴言を吐いてしまう。

 私は「はーっ」と荒々しく溜め息をつくと腕を組み、肘を指でトントンする。

 すると尊さんは水を一口飲み、のんびりとした口調で言った。

「まじめに言ったつもりなんだけど」

 はぁ……。

 なんだかこの人を相手にしていると、一人でカリカリしてる自分が馬鹿みたいに思える。

 尊さんは溜め息をついた私を見て、ゆったりと脚を組んで笑う。

「結婚を大切な事と思っているのは分かる。結婚は人生の転機だし、相手によってその後の生活、人生が大きく左右される」

 彼の言葉を聞き、私はコクンと頷く。

「でも既婚者が全員、ドラマみたいなプロポーズを経て結婚してる訳じゃない。どれだけ金をかけた結婚式、新婚旅行をしても、別れる人は別れる」

「……確かにそうですけど……」

 世の中には色んなカップルがいるのは分かっている。

 幸せな結婚をしてハッピーエンド……は、架空の世界の話で、現実ではそのあとに生々しい生活が続いていく。

「結婚だって色んな形があるんだよ。親に決められた結婚、お見合い、マチアプ、紹介、デキ婚。……今は授かり婚って言うんだっけ。結婚雑誌に載ってるテンプレートなキラキラ婚がすべてじゃない。入り口はどんな形でもいいんだ。朱里は結婚に何を求めてる?」

 尋ねられ、私は少し考える。

『幸せな結婚がしたい』というキラキラした想いは、昭人にフラれると共に消えてなくなった。

 だから〝結婚に求めるもの〟と言われても、明確なビジョンがないのですぐ答えられない。

 まるで一度諦めた夢を、もう一度探っているような感覚だ。

 それでも、今の自分に言える事を答えた。

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