部長と私の秘め事
話している間にも私たちは歩いて目的地に着き、お洒落なイタリアンレストランに入った。
部長はぬかりなく予約していたらしく、すんなりと席に案内される。
「パスタのコースで良かった?」
「はい。お肉は夜で」
オーダーを確認して飲み物も頼んだあと、部長は水を一口飲んだ。
「じっくり話すのは夜に……と思っていたけど、先に俺の〝事情〟を話しておくか」
彼はそう言って椅子に背中を預けて脚を組むと、ニヤリと笑った。
「昼ドラも真っ青だぞ」
「心して聞かせていただきます」
一口水を飲んで頷くと、部長は私の反応を期待した顔で切りだした。
「母親が兄の恋人と結婚しろと言ってくる」
「凄い! 昼ドラも真っ青!」
私は思わず突っ込みを入れ、目を見開く。
「だから縁談を受けたくないんだよ」
彼は手持ち無沙汰にメニューを捲りながら、アンニュイに溜め息をつく。
「……確かに気持ちは分かります。お兄さんとは仲がいいんですか? 悪い?」
「どうかな。兄とは母親が違うんだ。俺の実母はとうに亡くなっていて、今の母親は当然実の息子推し。自分の息子が好きすぎて、俺に対しては〝意地悪な継母〟になってる」
「とんだシンデレラじゃないですか」
私は呆然としてさらに突っ込む。
「まぁ、自分の息子が大切なのは当たり前として、あの人は父の事が大好きだから、浮気相手そっくりの俺が憎いんだろうな」
「あぁ……」
私は納得して溜め息をつく。
本妻からすれば、浮気相手を子供ごと憎く思うのは当たり前だ。
部長のお父さんは、本妻を愛しているから結婚したんだろうけど、部長を引き取って息子として育てるぐらい浮気相手を大切に想っていたのだろう。
「でも自分の息子は大切なんでしょう? どうして息子に恨まれるような事を……」
「母親は兄貴に、今の恋人じゃなくて、いい所のお嬢さんと結婚してほしいんだよ」
「うわぁ……。本当に昼ドラだ」
私はげんなりとして呟く。
「……ていうか、部長の家って何なんですか? 部長ってお坊ちゃん?」
「尊」
「ん?」
「デートの時ぐらい名前で呼べよ。俺も朱里って呼ぶから」
名前呼びするよう言われ、私はジワッと赤面すると彼に抱かれた夜を思い出した。
尊さんと呼ぼうと思うと、どうしても〝女〟になったあの夜を思いだしてしまう。
一人で照れていると、部長は水を飲んで付け加える。
「デートしてるのに『部長、上村』呼びだと不倫臭いだろ」
「それはやです」
私は真顔でキッパリと言う。
「……じゃあ、……み、尊さん……」
渋々と名前で呼ぶと、彼は「よくできました」とにっこり笑った。
……この、掌の上で転がされてる感、ムズムズするんだよなぁ……。
「俺の家は……、んー。勿体ぶるつもりはないけど、聞いたら後戻りできなくなるかも。その前に聞きたいけど、俺と付き合ってくれる?」
目の前に沼の化身がいる……。
顔が良くて仕事もできて、エッチもうまい。女性社員からはあからさまに狙われている優良株。
そんな人と付き合いましたなんて言ったら、嫉妬されて袋叩きだろう。
今までも彼は『奥さんいないんですか?』『恋人いないんですか?』と、女性社員に頻繁に聞かれていた。
真剣に尋ねる雰囲気ではなく冗談混じりだったけど、日常会話の中で探ろうとしているのは明白だ。
それに対し尊さんは『仕事一筋』と答えていた。
実際、恋人がいる様子はなかったし、女性社員のお誘いにも乗らなかった。
その悔しさを紛らわせるためか、社内では『速水部長はゲイ』という噂が流れているほどだ。
そんな尊さんが昼ドラみたいな事情を抱えていると知り、私は少し尻込みする。
今聞いた事は氷山の一角で、「知らなきゃ良かった」と思う事実はもっとあるだろう。
加えて〝事情〟を知ってしまえば、後戻りできなくなる。
色々考えながらも、私は努めて冷静になって言った。
「〝恋人役〟を引き受けるとしても、メリットがないように思えます」
もうこれ以上傷付きたくない。
昭人にフラれた傷だって癒えていないのに、目の前にエサをチラつかされたからって、簡単に飛びついてさらに傷付いていたら世話がない。
疑う目を向けたからか、尊さんは微笑んでメリットを提示した。
「彼女でいてくれる間は、本気で大切にする。プライベートではお前を優先するし、優しくする。贈り物もするし、デートでもベッドでも満足させる」
「~~~~だから。それがデメリットなんです」
私は荒々しく溜め息をつく。
そのとき前菜が運ばれ、私は続く言葉を止めて料理を見る。
「デメリットとは? 話し合って解決していこう」
尊さんは私が感情的になってもまったく動じず、余計に自分の子供っぽさを痛感させられる。
「ズブズブ嵌まって取り返しがつかなくなったら、救いようがないじゃないですか。……酔っていたとはいえ、私は押し流されて上司に抱かれたぐらい傷付いています。あなたと付き合って〝恋人役〟が終わったら関係が終了する? その時に本気で好きになっていたら、さらに傷付くじゃないですか。それが嫌なんです」
そこまで言い、私はカプレーゼをグサッとフォークで刺し、口に入れる。
「俺の事を好きになりそう?」
尊さんは綺麗なカトラリー使いで食事をしながら、魅力的に笑う。
本当にヤメテクダサイ……。
「あの、分かってやってますよね?」
「何が?」
彼は生ハムを口に入れて目を瞬かせる。
「~~~~、自分がハイスペイケメンで、ちょっとやり方を考えたら女なんて簡単に落ちるの、分かってますよね? って事です」
褒め言葉ともとれる事を言うと、彼はしたり顔で笑った。
「自惚れは危険だ。だが賢い奴は自分の魅力を理解した上で、十分に活用するものだ」
……あぁ、もう……。
部長はぬかりなく予約していたらしく、すんなりと席に案内される。
「パスタのコースで良かった?」
「はい。お肉は夜で」
オーダーを確認して飲み物も頼んだあと、部長は水を一口飲んだ。
「じっくり話すのは夜に……と思っていたけど、先に俺の〝事情〟を話しておくか」
彼はそう言って椅子に背中を預けて脚を組むと、ニヤリと笑った。
「昼ドラも真っ青だぞ」
「心して聞かせていただきます」
一口水を飲んで頷くと、部長は私の反応を期待した顔で切りだした。
「母親が兄の恋人と結婚しろと言ってくる」
「凄い! 昼ドラも真っ青!」
私は思わず突っ込みを入れ、目を見開く。
「だから縁談を受けたくないんだよ」
彼は手持ち無沙汰にメニューを捲りながら、アンニュイに溜め息をつく。
「……確かに気持ちは分かります。お兄さんとは仲がいいんですか? 悪い?」
「どうかな。兄とは母親が違うんだ。俺の実母はとうに亡くなっていて、今の母親は当然実の息子推し。自分の息子が好きすぎて、俺に対しては〝意地悪な継母〟になってる」
「とんだシンデレラじゃないですか」
私は呆然としてさらに突っ込む。
「まぁ、自分の息子が大切なのは当たり前として、あの人は父の事が大好きだから、浮気相手そっくりの俺が憎いんだろうな」
「あぁ……」
私は納得して溜め息をつく。
本妻からすれば、浮気相手を子供ごと憎く思うのは当たり前だ。
部長のお父さんは、本妻を愛しているから結婚したんだろうけど、部長を引き取って息子として育てるぐらい浮気相手を大切に想っていたのだろう。
「でも自分の息子は大切なんでしょう? どうして息子に恨まれるような事を……」
「母親は兄貴に、今の恋人じゃなくて、いい所のお嬢さんと結婚してほしいんだよ」
「うわぁ……。本当に昼ドラだ」
私はげんなりとして呟く。
「……ていうか、部長の家って何なんですか? 部長ってお坊ちゃん?」
「尊」
「ん?」
「デートの時ぐらい名前で呼べよ。俺も朱里って呼ぶから」
名前呼びするよう言われ、私はジワッと赤面すると彼に抱かれた夜を思い出した。
尊さんと呼ぼうと思うと、どうしても〝女〟になったあの夜を思いだしてしまう。
一人で照れていると、部長は水を飲んで付け加える。
「デートしてるのに『部長、上村』呼びだと不倫臭いだろ」
「それはやです」
私は真顔でキッパリと言う。
「……じゃあ、……み、尊さん……」
渋々と名前で呼ぶと、彼は「よくできました」とにっこり笑った。
……この、掌の上で転がされてる感、ムズムズするんだよなぁ……。
「俺の家は……、んー。勿体ぶるつもりはないけど、聞いたら後戻りできなくなるかも。その前に聞きたいけど、俺と付き合ってくれる?」
目の前に沼の化身がいる……。
顔が良くて仕事もできて、エッチもうまい。女性社員からはあからさまに狙われている優良株。
そんな人と付き合いましたなんて言ったら、嫉妬されて袋叩きだろう。
今までも彼は『奥さんいないんですか?』『恋人いないんですか?』と、女性社員に頻繁に聞かれていた。
真剣に尋ねる雰囲気ではなく冗談混じりだったけど、日常会話の中で探ろうとしているのは明白だ。
それに対し尊さんは『仕事一筋』と答えていた。
実際、恋人がいる様子はなかったし、女性社員のお誘いにも乗らなかった。
その悔しさを紛らわせるためか、社内では『速水部長はゲイ』という噂が流れているほどだ。
そんな尊さんが昼ドラみたいな事情を抱えていると知り、私は少し尻込みする。
今聞いた事は氷山の一角で、「知らなきゃ良かった」と思う事実はもっとあるだろう。
加えて〝事情〟を知ってしまえば、後戻りできなくなる。
色々考えながらも、私は努めて冷静になって言った。
「〝恋人役〟を引き受けるとしても、メリットがないように思えます」
もうこれ以上傷付きたくない。
昭人にフラれた傷だって癒えていないのに、目の前にエサをチラつかされたからって、簡単に飛びついてさらに傷付いていたら世話がない。
疑う目を向けたからか、尊さんは微笑んでメリットを提示した。
「彼女でいてくれる間は、本気で大切にする。プライベートではお前を優先するし、優しくする。贈り物もするし、デートでもベッドでも満足させる」
「~~~~だから。それがデメリットなんです」
私は荒々しく溜め息をつく。
そのとき前菜が運ばれ、私は続く言葉を止めて料理を見る。
「デメリットとは? 話し合って解決していこう」
尊さんは私が感情的になってもまったく動じず、余計に自分の子供っぽさを痛感させられる。
「ズブズブ嵌まって取り返しがつかなくなったら、救いようがないじゃないですか。……酔っていたとはいえ、私は押し流されて上司に抱かれたぐらい傷付いています。あなたと付き合って〝恋人役〟が終わったら関係が終了する? その時に本気で好きになっていたら、さらに傷付くじゃないですか。それが嫌なんです」
そこまで言い、私はカプレーゼをグサッとフォークで刺し、口に入れる。
「俺の事を好きになりそう?」
尊さんは綺麗なカトラリー使いで食事をしながら、魅力的に笑う。
本当にヤメテクダサイ……。
「あの、分かってやってますよね?」
「何が?」
彼は生ハムを口に入れて目を瞬かせる。
「~~~~、自分がハイスペイケメンで、ちょっとやり方を考えたら女なんて簡単に落ちるの、分かってますよね? って事です」
褒め言葉ともとれる事を言うと、彼はしたり顔で笑った。
「自惚れは危険だ。だが賢い奴は自分の魅力を理解した上で、十分に活用するものだ」
……あぁ、もう……。