部長と私の秘め事
『速水部長ってあのイケメンだろ? 若くて部長なのに、実は御曹司ってマジかよ』

『ていうか、仕事ができるから部長なんじゃなくて、コネなの納得』

『社長が不倫して生まれた子だろ? 隠し子が同じ会社にいるとか、どんな昼ドラだよ』

『速水部長と付き合いたいって女多いけど、金目当てで分かりやすっ。それに結婚しても、部長の両親からは祝福されないだろ? お気の毒ー』

『ウケる。父親は不倫で、母親は鬼籍? 継母は逮捕。それでも顔が良くて金持ってたら結婚したいのかね。女ってこえー』

 そんな会話を聞いた私は、殴ってやりたくて堪らなくなった。

 恵が腕を組んで私を押さえてくれていたから、暴れずに済んだけど……。

 尊さんは生ハムを取り皿にとりつつ言う。

「俺、こないだ『人を大切にしたい』とは言ったけど、関わる人全員を……なんて、菩薩みたいな事は考えてねぇから大丈夫。外野の言葉でいちいち傷付かねぇわ」

 私は彼がサラッと言ったのを聞いて、とりあえず安心した。

「朱里は俺を『愛情深い』って言ってくれるけど、本当に大切にしたいのは身近な人だけだ。あとはうまく生きていくために利用していく感じ。基本的に他人に興味ねぇし。俺が会社の中で大切にするのは自分の部下。その上位にプライベートで関わる人がいる。誰だって大切にする人のヒエラルキーがあるだろ?」

「ありますね」

 私は頷き、自分の心のピラミッドの頂点に尊さんや恵、母がいるのを心の中で確認した。「同じ部署の奴らは、仕事をうまく回していくための大切な仲間だ。だから『諍いの〝芽〟になりそうだな~』と感じたら、少しずつ懐柔してったな」

「え? どうやって?」

 私は興味を持ち、少し前のめりになる。

「ちょっとトゲトゲした雰囲気があったら、飲みに誘ってうまくそいつの抱えてる不平不満、コンプレックスを吐き出させて、まるっとフォローして味方につけてた」

「わぁ……、サイコパスだ」

 恵はドン引きしている。

「でも、道理でうちの部署、雰囲気がいいと思いました。個人の性格が原因でトラブった事はあるけど、ギスギスはしてませんよね」

「そう、人間関係っていう土台を綺麗に整えておくと楽に働けるワケ。職場が庭なら、上司は庭師。ちょいちょい様子を見て、手入れをするのが俺の役目」

 それを聞き、恵が頷いた。

「あー、確かに『速水部長と飲みに行った』って言ってた人がいたかも」

 言われて思いだしたけれど、ちょっと前の私は〝部長〟が嫌いだったから、あまり〝部長〟を褒める言葉を聞き入れていなかった。

「そうやって俺は〝うちのこ〟を大事にするワケ。あとは管轄外だし、さっきの話に戻るけど、仕事の話じゃないなら『知るか』って感じだな。そいつらを俺のプライベートにも、人生にも関わらせるつもりはねぇ」

 割り切った考えを聞き、私は「はー……」と感心する。

「たとえば今回みたいに仕事以外の事でクソミソに言われても、ぶっちゃけ仕事に影響ないならどうでもいい。人から悪く言われるなんて、俺には〝今さら〟な事だし。それに、世界中の人間に好かれるなんて無理だしな。2:6:2の法則って知ってるか?」

「聞いた事はあるかも」

 恵が頷いてジェノベーゼをフォークで巻く。

「パレートの法則から派生したもので、意欲的に働くか、怠けるかの割合の話なんだが、色んなものに応用できる。人間関係に当てはめるなら、二割の人は嫌われないように努力しても俺を嫌う。なら、努力して心を痛めるだけエネルギーの無駄。活火山のマグマを、バケツの水を使って一生懸命消化しようとするもんだ。それに六割の奴は俺の事なんてどうでもいいと思ってる。なら、残り二割の人を喜ばせて、自分も一緒に幸せになる道を選んだほうがずっといい。視線を向ける先を変えるだけで、そこには常夏のビーチがあって可愛い恋人と美味い飯、綺麗な景色がある」

 尊さんはおどけるように言ってニヤリと笑うと、オリーブを口に入れた。

「割り切っているように見えるだろうけど、優しくしてくれる人には丁寧に接しているつもりだ。こう見えて季節の挨拶にハガキを送るとか、マメにしてる」

「へぇ~、意外!」

 恵が目を見開いて驚く。私も彼がアナログでハガキを書くと思わなかったので意外だった。というか、尊さんの手書きメッセージほしい……。プレミア価格で買う。

「……理解はできるんですが、私は尊さんみたいに割り切れないかな。どうしても関係ない人の評価を気にしてしまうかもしれない」

 そう言うと、彼は小さく笑った。

「朱里は周りの人に期待してるからだと思う。俺は関わりができたら相手に期待するけど、話した事のない奴はどうでもいいかな。そういう意味で、俺は他人に興味がないし、期待もしてない」

「そっか……」

 私は彼の言いたい事を理解し、溜め息をつく。

「俺、あんまりSNSをやらねぇし、その他大勢からどう思われるかとか、本当に気にしてねぇんだよな。みんな『共有したい』『自慢したい』『吐き出したい』って思って投稿、シェアしてるだろうけど、顔も知らない奴を気にしすぎるのは非生産的だ。それより俺はリアルで色んな経験を積みたい」

「はー……」

 割とSNSを見ちゃってる私が感嘆の溜め息をつくと、恵が頷いた。

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