部長と私の秘め事
「疲れた時って、何でもいいから望んだ結果、報酬を得たいワケ。でも常に誰かが褒めてくれるわけじゃない。そんな時、嫌いなもんを見たら『ああ、やっぱり嫌いだ』って予想通りの結果を得られて、脳が満足するんだよ。嫌いなもんって、好きなもの以上に心に強烈な影響を与えるから」
「はー……」
私は呆けたように口を開け、何回もうんうんと頷く。
「プラスの肯定じゃなく、『やっぱりあいつはこうなんだ』っていうマイナスの肯定をして満足すると、なかなか抜け出せなくなる。ネットでもわざわざ嫌いな奴をチェックして叩く奴いるだろ。ああいう病的なのは、根本から治療しないと治んねぇと思う。悪癖だと気づいて直すとか、人に注意されてやめるラインを超えてる」
尊さんの言葉を聞き、私は明後日の方向を向いてしずかーに息を吐いた。
かつての私はギリヤバかった……。
「俺も今みたいに開き直るまでは、人に言えねぇ憎しみや恨み辛みを抱えてた。お前らには言えねぇ情報を求めて、めちゃくちゃネットを検索してた」
彼が怜香さんにされた事を思えば、強い恨みを持っても仕方がない。
でも尊さんはかつての自分を恥じているし、私はそう思えるようになった彼を誇りに思った。
「飲まず食わずで、目の下にクマ作って無精髭生やして、すんげぇ風貌になって荒れに荒れた。もう、呪いの塊だよ。……だけど朱里の存在に救われた。中村さんから朱里の情報を教えてもらうと、ささやかな日常を過ごしてるお前を見て幸せになれたんだ。『あの子を助けられて、本当に良かった』って。……だから余計に思った。『今の俺に、こいつの幸せを願う資格があるのか?』って」
そこで私の名前が出て、ドキッとしてしまう。
「『綺麗なあいつに汚れた俺は似合わない……』なんて厨二病みたいだけど、本当にそう思った。だからとりあえず物理的に離れようと思って、海外に出た」
「あ」
先日のダンスや海外の話に繋がったのを知り、私は目を見開く。
「家族旅行で海外に行った事はあったけど、一人で行くのは初めてだった。当たり前だけど、何でも自力でやらなくちゃいけないが、そうする事で初めて『生きてる』と思えた。話す相手は〝俺〟を見てくれるし、行き先は自分で決められる。自分の人生を生きられているって感じられた。だからもっと言葉を学び、他人に自分の思いを伝えたいと思ったし、狭い世界から飛び出して色んな文化や考え方を知りたかった。『違う価値観を知れば、今感じているつらさは大した事じゃなくなるんじゃないか?』って感じたからだ」
そっか。一人旅にはそういう意味もあったんだ。
「そうやって異文化に触れていくうちに、少しずつ精神的にタフになっていった。スマホを使うのは連絡をとるのと写真がメイン、SNSも一応やってるけど、備忘録的に写真を載せるだけでほぼ交流しない。デジタルデトックスとでも言うのかな。ネットから距離をとって、精神的に健康になれたと思ってる。視野を広める事はいい事だよ」
「なるほど……」
私は深く納得し、呟いた。
「私もそうなりたいな。精神的に健康になって、尊さんや恵と同じ目線でものを見られるようになりたい」
「ま、俺の場合、今までの環境が酷すぎたから『もっと自由に生きたい』って思っただけだ。ネットは欠かせないものだし、すべてが悪いとは言わない。ただ、人付き合いと同じで距離感だな」
「ですね。尊さんの人生はスーパーハードだと思います」
「ヘアスプレーみたい」
ボソッと突っ込んだ恵の言葉に、私は笑い崩れる。
ひとしきり笑って、それぞれ飲み物や食べ物を口に入れたあと、尊さんが恵に尋ねる。
「しつこいかもだけど、中村さんはもう平気?」
「平気……って、ここで何か言っても、どうにかなるもんじゃないですからね。でもこうやって三人で答え合わせはしたし、割とスッキリしました。そうだ、たまに朱里とのデートの監修させてくださいよ」
「ははっ、監修か。厳しそうだな」
その時、私はピコーンとある事を思いついてしまった。
「ねぇ! 尊さんが今度紹介してくれるお友達って、独身ですか?」
「ん? あぁ」
私の言いたい事を察した恵は、いやーな顔をする。
「ちょっとー、やめてよー」
「でも、ランドとか行く時、恵と一緒に乗る人がいても良くない? 勿論、私も恵とペアで乗るけど!」
この三人でお出かけしたら楽しいと思うけど、三人ってとてもデリケートな人数だ。
ハブにする気持ちはなくても、二人が会話していたら、残る一人は聞き役になるか「つまんね」って思う確率が高くなる。
恵に嫌な思いをさせたくないけど、尊さんを放置するのもまた違う。
尊さんは私たちを優先してくれるし、すぐ不機嫌にならない大人だけど、彼の厚意に甘えていれば一緒にいる意味がなくなってしまう。
同行してただお金を出してもらうだけなんて、絶対に嫌だ。
だから恵としては不本意かもしれないけど、もう一人参加してもらってダブルデートにするのが一番いいのでは……と思ったのだ。
恵は私の提案を聞き、唇を尖らせて言う。
「朱里がそこまで言うならいいけど、異性としてのあれこれは期待されてもお断り」
「奴はちゃんとわきまえてる男だよ」
尊さんは恵に言い、「写真あるかな……」と呟いてスマホを出した。
「えっ、写真あるんですか?」
「普段は写真なんて撮らないけど、旅行の時のなら……」
「えー、尊さんと旅行いいな」
素直に嫉妬すると、彼はスマホを見ながらポンポンと私の頭を撫でた。
「なんていう人です?」
「三日月涼」
尊さんはスマホをスクロールしつつ答える。
「えーっ! カッコイイ名前! 二次元みたい」
「源氏名みたい」
相変わらず恵の反応が冷たい……。
「なんのお仕事してるんですか?」
「ん? ボンボンだよ。ちゃんと働いていて実力のあるボンボンだけど。三日月グループの跡取りで、今は不動産会社の専務。俺と一緒に投資のノウハウを学んだから、投資家でもある」
「すご……。そんな人、女が放っておかないでしょ。ダブルデートなんてできないじゃないですか」
恵が言うと、尊さんはサラッととんでもない事を言った。
「いや、あいつ変人だし」
「ノーモア変人!」
尊さんが言った瞬間、恵が食い気味に言った。
……うん、恵にとっては尊さんも変人なんだろうけど、ストレートに言ったね……。
「はー……」
私は呆けたように口を開け、何回もうんうんと頷く。
「プラスの肯定じゃなく、『やっぱりあいつはこうなんだ』っていうマイナスの肯定をして満足すると、なかなか抜け出せなくなる。ネットでもわざわざ嫌いな奴をチェックして叩く奴いるだろ。ああいう病的なのは、根本から治療しないと治んねぇと思う。悪癖だと気づいて直すとか、人に注意されてやめるラインを超えてる」
尊さんの言葉を聞き、私は明後日の方向を向いてしずかーに息を吐いた。
かつての私はギリヤバかった……。
「俺も今みたいに開き直るまでは、人に言えねぇ憎しみや恨み辛みを抱えてた。お前らには言えねぇ情報を求めて、めちゃくちゃネットを検索してた」
彼が怜香さんにされた事を思えば、強い恨みを持っても仕方がない。
でも尊さんはかつての自分を恥じているし、私はそう思えるようになった彼を誇りに思った。
「飲まず食わずで、目の下にクマ作って無精髭生やして、すんげぇ風貌になって荒れに荒れた。もう、呪いの塊だよ。……だけど朱里の存在に救われた。中村さんから朱里の情報を教えてもらうと、ささやかな日常を過ごしてるお前を見て幸せになれたんだ。『あの子を助けられて、本当に良かった』って。……だから余計に思った。『今の俺に、こいつの幸せを願う資格があるのか?』って」
そこで私の名前が出て、ドキッとしてしまう。
「『綺麗なあいつに汚れた俺は似合わない……』なんて厨二病みたいだけど、本当にそう思った。だからとりあえず物理的に離れようと思って、海外に出た」
「あ」
先日のダンスや海外の話に繋がったのを知り、私は目を見開く。
「家族旅行で海外に行った事はあったけど、一人で行くのは初めてだった。当たり前だけど、何でも自力でやらなくちゃいけないが、そうする事で初めて『生きてる』と思えた。話す相手は〝俺〟を見てくれるし、行き先は自分で決められる。自分の人生を生きられているって感じられた。だからもっと言葉を学び、他人に自分の思いを伝えたいと思ったし、狭い世界から飛び出して色んな文化や考え方を知りたかった。『違う価値観を知れば、今感じているつらさは大した事じゃなくなるんじゃないか?』って感じたからだ」
そっか。一人旅にはそういう意味もあったんだ。
「そうやって異文化に触れていくうちに、少しずつ精神的にタフになっていった。スマホを使うのは連絡をとるのと写真がメイン、SNSも一応やってるけど、備忘録的に写真を載せるだけでほぼ交流しない。デジタルデトックスとでも言うのかな。ネットから距離をとって、精神的に健康になれたと思ってる。視野を広める事はいい事だよ」
「なるほど……」
私は深く納得し、呟いた。
「私もそうなりたいな。精神的に健康になって、尊さんや恵と同じ目線でものを見られるようになりたい」
「ま、俺の場合、今までの環境が酷すぎたから『もっと自由に生きたい』って思っただけだ。ネットは欠かせないものだし、すべてが悪いとは言わない。ただ、人付き合いと同じで距離感だな」
「ですね。尊さんの人生はスーパーハードだと思います」
「ヘアスプレーみたい」
ボソッと突っ込んだ恵の言葉に、私は笑い崩れる。
ひとしきり笑って、それぞれ飲み物や食べ物を口に入れたあと、尊さんが恵に尋ねる。
「しつこいかもだけど、中村さんはもう平気?」
「平気……って、ここで何か言っても、どうにかなるもんじゃないですからね。でもこうやって三人で答え合わせはしたし、割とスッキリしました。そうだ、たまに朱里とのデートの監修させてくださいよ」
「ははっ、監修か。厳しそうだな」
その時、私はピコーンとある事を思いついてしまった。
「ねぇ! 尊さんが今度紹介してくれるお友達って、独身ですか?」
「ん? あぁ」
私の言いたい事を察した恵は、いやーな顔をする。
「ちょっとー、やめてよー」
「でも、ランドとか行く時、恵と一緒に乗る人がいても良くない? 勿論、私も恵とペアで乗るけど!」
この三人でお出かけしたら楽しいと思うけど、三人ってとてもデリケートな人数だ。
ハブにする気持ちはなくても、二人が会話していたら、残る一人は聞き役になるか「つまんね」って思う確率が高くなる。
恵に嫌な思いをさせたくないけど、尊さんを放置するのもまた違う。
尊さんは私たちを優先してくれるし、すぐ不機嫌にならない大人だけど、彼の厚意に甘えていれば一緒にいる意味がなくなってしまう。
同行してただお金を出してもらうだけなんて、絶対に嫌だ。
だから恵としては不本意かもしれないけど、もう一人参加してもらってダブルデートにするのが一番いいのでは……と思ったのだ。
恵は私の提案を聞き、唇を尖らせて言う。
「朱里がそこまで言うならいいけど、異性としてのあれこれは期待されてもお断り」
「奴はちゃんとわきまえてる男だよ」
尊さんは恵に言い、「写真あるかな……」と呟いてスマホを出した。
「えっ、写真あるんですか?」
「普段は写真なんて撮らないけど、旅行の時のなら……」
「えー、尊さんと旅行いいな」
素直に嫉妬すると、彼はスマホを見ながらポンポンと私の頭を撫でた。
「なんていう人です?」
「三日月涼」
尊さんはスマホをスクロールしつつ答える。
「えーっ! カッコイイ名前! 二次元みたい」
「源氏名みたい」
相変わらず恵の反応が冷たい……。
「なんのお仕事してるんですか?」
「ん? ボンボンだよ。ちゃんと働いていて実力のあるボンボンだけど。三日月グループの跡取りで、今は不動産会社の専務。俺と一緒に投資のノウハウを学んだから、投資家でもある」
「すご……。そんな人、女が放っておかないでしょ。ダブルデートなんてできないじゃないですか」
恵が言うと、尊さんはサラッととんでもない事を言った。
「いや、あいつ変人だし」
「ノーモア変人!」
尊さんが言った瞬間、恵が食い気味に言った。
……うん、恵にとっては尊さんも変人なんだろうけど、ストレートに言ったね……。