部長と私の秘め事
その後の社内の動き
その週から尊さんは噂の的になったけれど、私たちが抱えていた問題が解決して、新たな一歩を進んだ週でもあった。
『心配ない。会社ではいつも通りに振る舞えばいい』
店を出る時、尊さんがそう言った言葉を信じ、私と恵は普通に業務をこなした。
綾子さんはといえば、周りの人が尊さんの陰口を叩いている事に、めちゃくちゃ怒っている。
同時に『私だけが速水部長を分かってあげられる……!』という世界に入っているので、なんともリアクションがしがたい。
「多分あれ、ファン精神が強いと思うから、本当の恋愛かと言われたら違うと思うけどね」
火曜日、私と恵は社食でランチを食べ、私は彼女の言葉にうんうんと頷く。
「だって彼氏さんいるもんねぇ。一緒に南の島に行く仲の……。でも今付き合ってる彼より部長のほうがハイスペックって分かったら、そっちに鞍替えしちゃうのかな」
大盛りたらこスパを食べつつ言うと、ズズッとうどんを啜った恵が首を横に振る。
「それ、怖いでしょ。相手がハイスペなら、どんどん付き合ってる相手を捨ててくの?」
「分かんないけど……」
自信なく言うと、恵が声を潜めて言った。
「こう言うとアレだけど、どれだけ女側がハイスペを求めても、それだけ価値がある女じゃなきゃ、遊ばれて終わりでしょ。部長は色んなスペックが高いから、『料理が得意です』『若くて綺麗なのが取り柄』『一緒にいると楽しいですよ。盛り上げます』みたいなのはお呼びじゃないワケ」
「確かに」
尊さんに愛されている事に胡座をかく訳じゃないけど、恵の言いたい事は分かる。
彼だって、きっとこう言うだろう。
『飯は自分で作れるし家政婦さんがいるから、家事が得意なだけの女は必要ない。若さも美貌も十年経てば、一番の誇りと言えなくなる。一緒にいて楽しいだけ? 盛り上げられる? 〝楽しい〟だけなら友達でも良くねぇか?』
きっといつものように淡々と、それでいてスッパリと切り捨てると思う。
尊さんは滅多に感情を高ぶらせないし、どれだけ嫌な事があっても公私混同して、他人に当たる人じゃない。
だから周りから『いつも落ち着いていて淡々として、何を考えてるか分からない人』と思われがちだ。それでいて、穏やか=優しいと思っている人もいる。
篠宮ホールディングスに入社してから、女性社員が速水部長に告白した話は頻繁に聞いている。
でもこの四年、『誰かが速水部長とデートした』という話は聞かなかった。
『部長は遊び人』とか、無責任な噂なら耳にしたけど、多分フラれた人が悔し紛れに言ったんだと思う。
(尊さんは、断る時はきっぱり断る人だもんな。相手が傷付く言い方はしないけど、期待を持たせないように、しっかりと想いを絶つ人だ)
それで恨まれるなら、仕方がないと覚悟している。
「綾子さんは確かに美人だし、男が連れて歩いていい気分になるタイプではあるよね」
恵の言葉を聞き、私は頷く。
「綺麗だし美意識高いし、ハイブラ持ってるし、料理も上手。商社マンの彼氏がいて海外旅行いってて……。二十代の女が求めるもの、全部持ってるねぇ……」
そういうものを求めない人もいるけど、流行りのものを追ってるタイプの女性なら、綾子さんを見て『羨ましい』と思うだろう。
「朱里は綾子さんに引け目を感じてるかもしれないけど、部長はあんたの事が好きなんだから、ブレたら駄目だよ」
「うん」
きちんと押さえるところを押さえてくれた恵に、私は内心で感謝する。
「これから何人の女が告白するかねぇ……」
でも彼女はニヤニヤしながら言い、きつねうどんのお揚げを囓る。
「まぁ、見守りましょう」
結局、私にはそれしかできない。
「……はぁ。金曜日の飲み会の事でも考えよう」
「係長に絡まれないようにね」
恵に言われ、私はもう一度溜め息をついてから「それな」と言ったのだった。
『心配ない。会社ではいつも通りに振る舞えばいい』
店を出る時、尊さんがそう言った言葉を信じ、私と恵は普通に業務をこなした。
綾子さんはといえば、周りの人が尊さんの陰口を叩いている事に、めちゃくちゃ怒っている。
同時に『私だけが速水部長を分かってあげられる……!』という世界に入っているので、なんともリアクションがしがたい。
「多分あれ、ファン精神が強いと思うから、本当の恋愛かと言われたら違うと思うけどね」
火曜日、私と恵は社食でランチを食べ、私は彼女の言葉にうんうんと頷く。
「だって彼氏さんいるもんねぇ。一緒に南の島に行く仲の……。でも今付き合ってる彼より部長のほうがハイスペックって分かったら、そっちに鞍替えしちゃうのかな」
大盛りたらこスパを食べつつ言うと、ズズッとうどんを啜った恵が首を横に振る。
「それ、怖いでしょ。相手がハイスペなら、どんどん付き合ってる相手を捨ててくの?」
「分かんないけど……」
自信なく言うと、恵が声を潜めて言った。
「こう言うとアレだけど、どれだけ女側がハイスペを求めても、それだけ価値がある女じゃなきゃ、遊ばれて終わりでしょ。部長は色んなスペックが高いから、『料理が得意です』『若くて綺麗なのが取り柄』『一緒にいると楽しいですよ。盛り上げます』みたいなのはお呼びじゃないワケ」
「確かに」
尊さんに愛されている事に胡座をかく訳じゃないけど、恵の言いたい事は分かる。
彼だって、きっとこう言うだろう。
『飯は自分で作れるし家政婦さんがいるから、家事が得意なだけの女は必要ない。若さも美貌も十年経てば、一番の誇りと言えなくなる。一緒にいて楽しいだけ? 盛り上げられる? 〝楽しい〟だけなら友達でも良くねぇか?』
きっといつものように淡々と、それでいてスッパリと切り捨てると思う。
尊さんは滅多に感情を高ぶらせないし、どれだけ嫌な事があっても公私混同して、他人に当たる人じゃない。
だから周りから『いつも落ち着いていて淡々として、何を考えてるか分からない人』と思われがちだ。それでいて、穏やか=優しいと思っている人もいる。
篠宮ホールディングスに入社してから、女性社員が速水部長に告白した話は頻繁に聞いている。
でもこの四年、『誰かが速水部長とデートした』という話は聞かなかった。
『部長は遊び人』とか、無責任な噂なら耳にしたけど、多分フラれた人が悔し紛れに言ったんだと思う。
(尊さんは、断る時はきっぱり断る人だもんな。相手が傷付く言い方はしないけど、期待を持たせないように、しっかりと想いを絶つ人だ)
それで恨まれるなら、仕方がないと覚悟している。
「綾子さんは確かに美人だし、男が連れて歩いていい気分になるタイプではあるよね」
恵の言葉を聞き、私は頷く。
「綺麗だし美意識高いし、ハイブラ持ってるし、料理も上手。商社マンの彼氏がいて海外旅行いってて……。二十代の女が求めるもの、全部持ってるねぇ……」
そういうものを求めない人もいるけど、流行りのものを追ってるタイプの女性なら、綾子さんを見て『羨ましい』と思うだろう。
「朱里は綾子さんに引け目を感じてるかもしれないけど、部長はあんたの事が好きなんだから、ブレたら駄目だよ」
「うん」
きちんと押さえるところを押さえてくれた恵に、私は内心で感謝する。
「これから何人の女が告白するかねぇ……」
でも彼女はニヤニヤしながら言い、きつねうどんのお揚げを囓る。
「まぁ、見守りましょう」
結局、私にはそれしかできない。
「……はぁ。金曜日の飲み会の事でも考えよう」
「係長に絡まれないようにね」
恵に言われ、私はもう一度溜め息をついてから「それな」と言ったのだった。