部長と私の秘め事
 スマホを出すと、電話を掛けてきたのは亮平だ。

「はぁ……」

 溜め息をついた私は、バッグを床に置き、コートのボタンを外しながら少し不機嫌に「もしもし」と電話に出る。驚かせないでよ。

《明日、速水さん来るんだろ?》

「うん」

《昼に寿司とるつもりでいるけど、嫌いなネタあるか知ってるか?》

「あー……、ないんじゃないかな」

 年末に二人でお寿司を食べたけど、彼は何でも食べていた。

(そういえば好き嫌い、あんまり聞いてないかも)

 脂っぽいものが……っておじさんネタは聞いたけど、何が嫌いとか、アレルギーがあるとかは聞いていない。

(そういうところ、何気にポイント高いよな……)

 ご飯を作る身としては食べる人に好き嫌いがあると気を遣うし、気兼ねなく料理ができるのはありがたい。

《分かった。寿司屋にそう伝えておく》

 亮平が言い、私は意識を電話に引き戻す。

「そうだ。美奈歩はどう?」

 気になっていた事を尋ねると、亮平は少し黙ってから言う。

《先日、実家に行ってから少し話した。朱里も美奈歩も、お互いまともに話さず、勘違いしているところはあると思う。……これを機会に話してみたらどうだ?》

 私はソファに座り、仰向けに寝っ転がりながら考える。

「……うん。ずっとこのままってわけにもいかないしね」

 溜め息混じりに返事をしたあと、私たちは二、三話したあと電話を切った。

「はぁー……」

 私は大きな溜め息をつき、目を閉じる。

(次から次へと……)

 家に来るなら尊さんに来てほしいし、尊さんから電話がほしい。

 人は好意を抱いていない相手からだと、仮に元彼であったとしても、割とハイスペの部類に入る継兄であっても、鬱陶しく感じるみたいだ。

(……でも、少なくとも亮平に対しては、『好意を抱いてない』なんて思ったら駄目なんだろうな)

 尊さんがうちの家族と仲良くしたいと思ってくれているなら、子供っぽくツンツンしていたら駄目だ。

「もっと心を開かないと」

 呟いて、私は前髪を掻き上げる。

 尊さんと付き合うようになって、我ながらかなり明るくなったと思っている。

 彼と話しているとポンポンと会話が進み、とても楽しい。

 勿論、その前も恵や昭人と話して笑っていたけど、今とは笑いの質が違う気がする。

 ずっと私は家族の事で悩んでいて、常に胸の奥にモヤモヤを抱えている状態だった。

 恵や昭人と遊ぶと気が紛れるけれど、楽しい時間が終わったあとは現実に戻って暗い気持ちになっていた。

 でも今は尊さんが亮平を説得してくれたのもあり、和解できそうな感じになって気持ちが楽になっている。

(今は亮平から連絡があっても、前みたいに『何をされても嫌』って気持ちにはならない。尊さんが緩衝材になってくれてるんだろうな。……美奈歩ともうまくいけばいいけど)

 そう思うものの、継妹との関係改善まで尊さんに頼ろうとは思っていない。

(自分の家族なんだから、自分でなんとかしないと)

「うん」と頷いたあと、私は足を上げ、反動をつけて起き上がる。

 それから尊さんにメッセージを送った。

【今、電話大丈夫ですか?】

 すると、すぐに既読がつき【大丈夫。俺からかける】という返事のあと、電話がかかってきた。

《どうした?》

 尊さんの声を聞いた瞬間、この上なく安心した。

「あのですね、さっき家の前に昭人がいまして」

《は?》

 彼は高めの声を上げ、しばし黙る。

 ……そうなりますよね……。私もびっくりしました。

《……彼、なんだって? 家に上げたのか?》

 そのあと、不安げな声がする。

「上げるわけないじゃないですか」

《それなら良かったけど。……用件は?》

「いえ、聞いてません。夜中に突撃されて冷静に話せる気がしないし、日を改めて昼間に話したいと伝えたら、帰ってくれました」

《偉い。すげぇ偉い。速水スタンプ五十個だ》

 尊さんの冗談を聞き、私は「やった!」とクスクス笑う。

 そのあと、尊さんは大きな溜め息をついた。

《……でも、何もなくて本当に良かった。……マジでビビった》

 最後は真剣に言われ、私は神妙な面持ちになる。

「心配させてごめんなさい」

《……いや。帰ってきたら家の前にいたんだろ? 朱里は悪くない》

 そう言ったあと、尊さんは少し考えるように沈黙してから言った。

《それで、田村クンとは改めていつ会う予定だ?》

「日曜日の昼間にカフェで会う事にしました。週末はイチャイチャする予定だったのに、ごめんなさい」

《いや、いい。何だってイレギュラーを考えておかないとだし。しかし……》

 尊さんはまた溜め息をつく。

 私はなんとなく決まり悪くなり、ソファの上で正座をする。

《田村クンと会う時、俺も行っていいか?》

「え?」

 まさかそうくるとは思わず、私は思わず声を上げる。
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