部長と私の秘め事
「お父さんを喪ってつらくて、ズタズタになって『生きていてもしょうがない』って思って死のうとした。……でもその時、二十歳の尊さんが私を引き留めてくれたの。彼も色んな事があって傷付いていたのに、『生きてくれ』って言ってくれた」

 私は一月六日に彼から聞いた話を思いだし、涙を零す。

「本当に、尊さんは酷い目に遭ったの。……でも、彼の心の中には大好きなお母さんと妹さんがいて、どんなに絶望してもいい人として生きていくって決めてる。他人の事なんて考える余裕がないぐらいつらいくせに、……っこの人、本当に優しいの」

 私は泣き笑いの表情になり、ボロボロと大粒の涙を零す。

「大丈夫だよ! 尊さんは絶対に私を守ってくれる。頭がいいし、人の事を考えられる器の大きな人だから、どんな事があっても人を大切にして円滑にやっていける能力がある。お母さんが言うとおり、名家の人たちから何を言われるか分からなくて不安なところはある。でも、尊さんが『大丈夫』っていうなら、大丈夫なんだと信じてる。できない約束はしない人だもん」

 私は尊さんの手を握り、もう一度両親を見て頭を下げた。

「お願いします! 私には尊さんしかいない。……結婚させてください」

 俯くと、ポトポトと涙が零れて膝の上に落ちる。

 悲しくもないのに、もっと冷静に話せるはずだったのに、感情が高ぶって涙が出てしまう。

 大切な人の事を伝えるだけで、こんなにも胸が一杯になってしまう。

 私の心は、もう尊さんへの愛で満たされていた。

 しばらく私たちは頭を下げていたけれど、継父が声を掛けてきた。

「頭を上げなさい。何も反対してる訳じゃないんだから」

 尊さんと一緒にゆっくり顔を上げると、両親は困ったように微笑んでいた。

「朱里の気持ちは十分に分かったわ。二人が愛し合ってるいるのは分かったし、もう何も文句は言わない」

 母に言われ、私はホッ……と息を吐く。

「これから先、大変そうだけど大丈夫か心配になっただけなんだけど、不安にさせてごめんなさいね。でも朱里の力説を聞いて『大丈夫そう』って思えた。朱里がこんなに感情的になるの、初めて見た気がしたわ」

 微笑まれ、私はカーッと赤面する。

「今、篠宮さんの家は大変そうだけど、結婚式の予定はどうなってるかしら? 両家の挨拶とかも、それに合わせて行うべき時期があると思うし」

 先の事を話され、私は超えるべきハードルをクリアしたのを感じた。

 尊さんは微笑んで応える。

「その事も踏まえて、結婚式は少し先にしようと思っています。上村家ご家族の了承を得られても、披露宴をした時にいざ『噂の……』となっては興ざめです。朱里さんとは来年の後半ぐらいに……という相談はしています」

 彼の言葉を聞いて、両親は安心したようだった。

「そうですね。一年もあればテレビのニュースでも別の事が話題になっていると思います。それぐらい期間があればじっくり準備できると思いますし、思い出に残る式を挙げてください」

 継父に言われ、私は「じゃあ……」と期待して両親を見る。

「朱里を宜しくお願いします」

 承諾の言葉を得て、胸がキューッとなってしまい、私はポロポロ涙を零した。

「ありがとう……っ」

 両手で口元を覆って「うぐー」と泣く私の背中を、尊さんがポンポンと叩いてくれる。

 その時、亮平が口を開いた。

「速水さん、寿司で苦手なネタありますか?」

「いえ、なんでも食べます」

 亮平よ、まだ気にしてたのか……。

「昼に寿司屋の出前とったんですが、一緒に食べましょう。結構美味い店なので」

「楽しみにしています」

 そのあとは明るい雰囲気での雑談となった。

 私が近いうちに尊さんの家に引っ越し、同棲する予定だと伝えると、母はめちゃくちゃ乗り気になっていた。

「あらー! いいじゃない! お母さんも荷造り手伝うわね。その時に速水さんのお住まいをちょっと拝見したいなー、なんて」

「お母さん」

 調子に乗ったら駄目だ、若菜。

「いえ、全然構いませんからどうぞ。引っ越しを終えたあかつきには、うちでホームパーティーでもしましょうか」

「あらやだ素敵」

「も~、尊さんは甘いんだから……」

 そこまで言った時、黙っていた美奈歩が質問した。

「速水さんはどこにお住まいなんですか?」

「三田にあるマンションです。朱里さんと二人暮らしなら問題ないかと思っていますが、いずれ子供ができる事を考えて一戸建てや、もっと広いマンションなど、新しい物件もボチボチ探しつつあります」

「尊さん、初耳なんだけど!?」

 美奈歩が質問したっていうのに、私はぐりんっと彼のほうを見て訴える。

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