部長と私の秘め事
「いや、今初めて言ったけど、悪い。……でもそう思わないか? 子供が小さいうちはいいけど、成長してきたらプライベートな空間があったほうがいいし」
「それはそうだけど……」
子供……。
それを考えただけで、ジワジワと頬が赤くなって俯いてしまう。
「速水さんって、社長さんの息子さんですし、お金持ちですか?」
……美奈歩。それ聞いちゃうの?
ものすごーく微妙な気持ちになった私は、困った顔で継妹を見る。
でも彼女は私の視線など気にしておらず、尊さんに興味津々だ。
「一応、家族が増えても困らない生活はできると思っています」
尊さんがとてもソフトな表現をすると、家族はそれぞれ想像して納得したのか、「ほー……」という顔をしている。
気になるのは分かるけど、……うん、ソフトに頼む。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、寿司きたかも」
亮平が立ちあがり、玄関に向かう。
その途中で電話台の所に置いてあったお財布を手に取ったから、今日のお寿司は亮平持ちか。ごちそうさまです。
そのあと、六人分のお寿司と茶碗蒸し、唐揚げを広げてのランチとなった。
美味しく楽しく過ごしていたんだけど、食べ終わったあとに尊さんがお手洗いに立った時、さり気なく美奈歩がスマホを手に取って席を立ち、なんだか気になってしまった。
手洗いを借りてドアを開けると、美奈歩さんが立っていて俺――篠宮尊は一瞬ビビる。
リビングダイニングに行くにはスライド式のドアを開ける必要があるので、朱里からこちらは見えない。
……朱里、気にしてるだろうな。
「すみません、待たせてしまいましたね」
トイレ待ちされるのはちょっと気まずいものの、俺は美奈歩さんに声を掛け、スッと戻ろうとする。
「速水さん」
「はい?」
話しかけられ、俺は立ち止まる。
「継姉のどこが好きなんですか?」
……なるほど。きたな。
朱里から関係がギスギスしているとは聞いていたが、こういう感じでくるとは。
「先ほど朱里さんが言ったように、彼女とは十二年前からご縁がありました。会社で偶然再会するとは思っていなくて、その運命も含めて彼女のすべてを愛しています」
十二年間のストーキングは、朱里と相談して言わない方向にしている。
「……私が先に会いたかったな」
そうきたか。
「美奈歩さんにも、いつか別の出会いがあると思いますよ」
「……合コンとか行ってますけど、みんなつまらないんです」
彼女は階段に座り、溜め息をついて言う。
「速水さんのお友達、紹介してもらえませんか?」
考えている事がみえみえだけに、涼の事も他の友人も紹介するつもりはない。
ただの出会い目的というより、付加価値を目的とした〝紹介〟でいい結果になる訳がない。それに俺と朱里、ご家族、友人、全員を含めて今後の関係が悪くなる。
「生憎、フリーな友人がいないもので、お役には立てないと思います」
当たり障りなく言うと、美奈歩さんの目に落胆が宿る。
……これは、根っこから対処しなきゃいけないやつかな。
俺は溜め息をつき、床に膝をついて彼女と視線を合わせる。
「朱里さんに張り合おうとしていませんか?」
尋ねた瞬間、彼女の表情が強張った。
「……あの人から私の悪口を聞いているんですか?」
「悪口なんて聞いていませんよ。朱里さんは美奈歩さんと仲良くなりたがっています」
彼女は少し安堵したものの、信じ切れていない表情をしている。
なかなか根深いな。
「あなたと朱里さんは巡り合わせで姉妹となりました。本当の〝姉〟ではないので同じ家に住んでいると違和感があるでしょう。お父さんやお兄さんが、それまで他人だった〝母〟や〝姉〟に気を遣う姿を見て、本来の上村家を否定された気持ちになるのも当然です。そんな状況になれば、誰だって新しい家族にどう接したらいいか分からなくなるでしょう」
美奈歩さんは表情を歪め、唇を引き結ぶ。
「私は篠宮の家では〝邪魔者〟でした」
そう言うと、彼女はハッとして俺を見る。
「私の父親と実母は学生時代からの付き合いでしたが、父親は祖父に勧められて継母と結婚する決意をしたそうです。それでも父親は実母を忘れられず、私が誕生してしまった。……実母亡きあと、私は篠宮の家に引き取られましたが、毎日針のむしろのような生活でした。継母が私を嫌うのは勿論、継兄が私とどう付き合うべきか判断できず、空気のように振る舞っていたのも無理のない話だと思っています」
手段としてはずるいが、上村家より悲惨な例を出せば「自分よりマシ」と思うだろう。
俺はもう篠宮家の事については大体踏ん切りがついているから、朱里と彼女の関係を改善するためなら、ネタとして使ってもいいと思っている。
「だから私は朱里さんと共通点を見いだし、惹かれ合いました。新しい家族に馴染めず、本当は仲良くしたいのに、どう接したらいいか分からない気持ちも理解できます。深く傷付く出来事があったからこそ、家族になりたての頃は心を開けなかった。落ち着いた頃に話しかけようと思ってもとっかかりが見つからず、次第によそよそしい関係が当たり前になってしまう。……お互い嫌いになるには相手を知らなすぎますし、何をされたわけでもない。なら嫌う理由はないと思いませんか?」
最後の言葉を聞き、美奈歩さんはハッとしたように目を瞠った。
「第三者の私から見て、朱里さんも美奈歩さんも、まともに話していないのに『あの人は私を嫌っているに違いない』という思い込みを持っているように思えます。喰わず嫌いと同じです。食べてみたらとても美味しいかもしれないのに、口にするのが怖いのでテーブルにすらついていないんです」
美奈歩さんの表情は次第に変わり、それまでの虚勢を張っていた顔から、自身なさげな素顔が見えてくる。
「……私はろくな育ち方をしてこなかったので、家族の愛情に飢えています。だからこそ、朱里さんには温かな家族に囲まれていてほしいと願っています。これから朱里さんと結婚し、彼女をいつも笑わせていたいと思っていますが、人間同士ですからイライラする時もあるでしょうし、いずれ彼女が妊娠したら女性にしか分からない感覚も芽生えると思います。その時、実家に戻ったとしても安心できる環境でいてほしいんです。そのためにも、家庭でのすれ違いを解消してから結婚できたらと思っています」
「……あの人、話し合ってくれるでしょうか」
美奈歩さんが、ぽつんと呟く。
「絶対、応じてくれます」
彼女の目を見て頷くと、美奈歩さんは少し考えたあと、「ここにいてくれますか」と言ってからリビングに向かった。
「それはそうだけど……」
子供……。
それを考えただけで、ジワジワと頬が赤くなって俯いてしまう。
「速水さんって、社長さんの息子さんですし、お金持ちですか?」
……美奈歩。それ聞いちゃうの?
ものすごーく微妙な気持ちになった私は、困った顔で継妹を見る。
でも彼女は私の視線など気にしておらず、尊さんに興味津々だ。
「一応、家族が増えても困らない生活はできると思っています」
尊さんがとてもソフトな表現をすると、家族はそれぞれ想像して納得したのか、「ほー……」という顔をしている。
気になるのは分かるけど、……うん、ソフトに頼む。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、寿司きたかも」
亮平が立ちあがり、玄関に向かう。
その途中で電話台の所に置いてあったお財布を手に取ったから、今日のお寿司は亮平持ちか。ごちそうさまです。
そのあと、六人分のお寿司と茶碗蒸し、唐揚げを広げてのランチとなった。
美味しく楽しく過ごしていたんだけど、食べ終わったあとに尊さんがお手洗いに立った時、さり気なく美奈歩がスマホを手に取って席を立ち、なんだか気になってしまった。
手洗いを借りてドアを開けると、美奈歩さんが立っていて俺――篠宮尊は一瞬ビビる。
リビングダイニングに行くにはスライド式のドアを開ける必要があるので、朱里からこちらは見えない。
……朱里、気にしてるだろうな。
「すみません、待たせてしまいましたね」
トイレ待ちされるのはちょっと気まずいものの、俺は美奈歩さんに声を掛け、スッと戻ろうとする。
「速水さん」
「はい?」
話しかけられ、俺は立ち止まる。
「継姉のどこが好きなんですか?」
……なるほど。きたな。
朱里から関係がギスギスしているとは聞いていたが、こういう感じでくるとは。
「先ほど朱里さんが言ったように、彼女とは十二年前からご縁がありました。会社で偶然再会するとは思っていなくて、その運命も含めて彼女のすべてを愛しています」
十二年間のストーキングは、朱里と相談して言わない方向にしている。
「……私が先に会いたかったな」
そうきたか。
「美奈歩さんにも、いつか別の出会いがあると思いますよ」
「……合コンとか行ってますけど、みんなつまらないんです」
彼女は階段に座り、溜め息をついて言う。
「速水さんのお友達、紹介してもらえませんか?」
考えている事がみえみえだけに、涼の事も他の友人も紹介するつもりはない。
ただの出会い目的というより、付加価値を目的とした〝紹介〟でいい結果になる訳がない。それに俺と朱里、ご家族、友人、全員を含めて今後の関係が悪くなる。
「生憎、フリーな友人がいないもので、お役には立てないと思います」
当たり障りなく言うと、美奈歩さんの目に落胆が宿る。
……これは、根っこから対処しなきゃいけないやつかな。
俺は溜め息をつき、床に膝をついて彼女と視線を合わせる。
「朱里さんに張り合おうとしていませんか?」
尋ねた瞬間、彼女の表情が強張った。
「……あの人から私の悪口を聞いているんですか?」
「悪口なんて聞いていませんよ。朱里さんは美奈歩さんと仲良くなりたがっています」
彼女は少し安堵したものの、信じ切れていない表情をしている。
なかなか根深いな。
「あなたと朱里さんは巡り合わせで姉妹となりました。本当の〝姉〟ではないので同じ家に住んでいると違和感があるでしょう。お父さんやお兄さんが、それまで他人だった〝母〟や〝姉〟に気を遣う姿を見て、本来の上村家を否定された気持ちになるのも当然です。そんな状況になれば、誰だって新しい家族にどう接したらいいか分からなくなるでしょう」
美奈歩さんは表情を歪め、唇を引き結ぶ。
「私は篠宮の家では〝邪魔者〟でした」
そう言うと、彼女はハッとして俺を見る。
「私の父親と実母は学生時代からの付き合いでしたが、父親は祖父に勧められて継母と結婚する決意をしたそうです。それでも父親は実母を忘れられず、私が誕生してしまった。……実母亡きあと、私は篠宮の家に引き取られましたが、毎日針のむしろのような生活でした。継母が私を嫌うのは勿論、継兄が私とどう付き合うべきか判断できず、空気のように振る舞っていたのも無理のない話だと思っています」
手段としてはずるいが、上村家より悲惨な例を出せば「自分よりマシ」と思うだろう。
俺はもう篠宮家の事については大体踏ん切りがついているから、朱里と彼女の関係を改善するためなら、ネタとして使ってもいいと思っている。
「だから私は朱里さんと共通点を見いだし、惹かれ合いました。新しい家族に馴染めず、本当は仲良くしたいのに、どう接したらいいか分からない気持ちも理解できます。深く傷付く出来事があったからこそ、家族になりたての頃は心を開けなかった。落ち着いた頃に話しかけようと思ってもとっかかりが見つからず、次第によそよそしい関係が当たり前になってしまう。……お互い嫌いになるには相手を知らなすぎますし、何をされたわけでもない。なら嫌う理由はないと思いませんか?」
最後の言葉を聞き、美奈歩さんはハッとしたように目を瞠った。
「第三者の私から見て、朱里さんも美奈歩さんも、まともに話していないのに『あの人は私を嫌っているに違いない』という思い込みを持っているように思えます。喰わず嫌いと同じです。食べてみたらとても美味しいかもしれないのに、口にするのが怖いのでテーブルにすらついていないんです」
美奈歩さんの表情は次第に変わり、それまでの虚勢を張っていた顔から、自身なさげな素顔が見えてくる。
「……私はろくな育ち方をしてこなかったので、家族の愛情に飢えています。だからこそ、朱里さんには温かな家族に囲まれていてほしいと願っています。これから朱里さんと結婚し、彼女をいつも笑わせていたいと思っていますが、人間同士ですからイライラする時もあるでしょうし、いずれ彼女が妊娠したら女性にしか分からない感覚も芽生えると思います。その時、実家に戻ったとしても安心できる環境でいてほしいんです。そのためにも、家庭でのすれ違いを解消してから結婚できたらと思っています」
「……あの人、話し合ってくれるでしょうか」
美奈歩さんが、ぽつんと呟く。
「絶対、応じてくれます」
彼女の目を見て頷くと、美奈歩さんは少し考えたあと、「ここにいてくれますか」と言ってからリビングに向かった。