部長と私の秘め事
「今まで田村クンとどういう付き合い方をしてたかは、中村さんに聞いた程度しか知らねぇけど、あいつにも甘えきれなかったんじゃないか?」

 私はコクンと頷く。

 付き合っていた当時、昭人の事を好きだと思っていたけど、身も心も預けられる相手とは思っていなかった。

 学生時代の私はいつも心に不安を抱え、それを誤魔化しながら過ごしていた。

 父を喪った悲しさ、母に甘えられない寂しさを誰かに吐露して頼りたいのに、『我慢しないと』と自分を律し続けていた。

 だけど私を颯爽と助けてくれた〝忍〟には、弱さなんてもんじゃない、人生の黒歴史といっていい〝すべて〟を見せてしまった。

〝忍〟はそんな私を『弱い』とバカにせず、正面から受け入れて励まし、『生きろ』と言ってくれた。

 だから泣きわめいて盛大なガス抜きができた私は、『死にたい、生きていたくない』という感情からなんとか脱し、淡々と過ごせるようになったのだ。

 そのせいで昭人は私の弱いところをあまり知らないし、私も彼にそんな面を見せなかった。

 ゆえに甘えるなんてできなかったし、セックスしても昭人にすべてを委ねて意識を飛ばし、気持ちよくなる事もなかった。

 ――強く生きなきゃいけない。

 母を心配させたくなかった私は、常に自分にそう言い聞かせて生きてきた。

 誰にも迷惑を掛けないように気をつけ、なるべくすべての面倒を自分一人で見られるよう努力した。

 ……その名残があるからか、尊さんには甘えられると思っていても、衣食住すべての面倒を見てもらった状態で、もし〝何か〟があって彼を失えば……と思うと不安になってしまう。

 誰かを失い、死にたくなるほどメンタルを崩し、生活がままならなくなるって、意外と怖いものだから。

 尊さんは私の不安げな表情を見て、すべてを理解した顔で頷く。

「さっきも言ったけど、夫婦になるんだから俺の事をもっと信頼していいよ。俺はいなくならないし、朱里を捨てない」

 ――いなくならない。

 その言葉が胸にスッと入り込んだ瞬間、ブワッと涙が溢れた。

 ――そうか。私、お父さんを亡くして昭人にも去られて、人を失う事を過敏に怖れていたんだ。

「この手に掴まって一緒に歩いて、つらくて歩けなくなった時は『助けて』って言えばいい。俺は朱里を背負って歩くし、子供ができたら抱っこして進む。それぐらいの覚悟も、生活能力も資産もあるつもりだ。だから、信じて頼っていい。俺は絶対に朱里を裏切らないし、お前を傷つけない。何があっても一緒にいるし、つらい時も悲しい時も側にいる。……だから、信じてくれ」

「…………、……~~~~うぅ……」

 私はクシャリと表情を歪め、ポロッと涙を零すと、立ちあがって両腕を広げ、テテテ……と尊さんに近づきポスンと彼の腕の中に収まった。

「ううう……」

 グスグス泣く私の髪を撫で、尊さんは小さく笑う。

「こういう時こそ『しゅき』だろ?」

「…………じゅぎ…………」

「あーあ……。洟かめ、洟」

 尊さんは苦笑いすると、腕を伸ばしてティッシュを一枚とり、私の鼻に押し当てる。

「ほれ、ちーん」

「…………一人でかめるもん…………」

「教育番組みたいだな」

「……ぶひゅっ、……ぶひゅひゅっ……」

「洟かみながら笑うな」

 尊さんはクスクス笑い、私の髪を優しく丁寧に撫でた。

「……まぁ、さ。いきなり生活環境が変わる事への不安は分かる。俺だって、英語を話せるとしても、いきなり海外で暮らす事になったら緊張するしビビるよ」

「ん……」

 洟をかんだ私は尊さんに抱きつき、子供のように甘える。

「でもどんな事もやってみなきゃ分からない。どんだけ頭の中でシミュレートしても、実際行動を起こさない限り、全部机上の理論なんだよ」

「はい」

「同棲の話に戻るけど、朱里はこのマンションに住む事に不安を抱いてるだろう。特別な場所だと思っていて、知らない事が多いからだ。でも今だって俺の婚約者として出入りしてるし、警備員やサービススタッフには顔パスだ。実際住むとしても、お前はルールをちゃんと守れる奴だから、そうビクビクしなくていいと思う」

 確かに、望んで人様に迷惑掛けるつもりはないので、そこは頷いておく。

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