部長と私の秘め事
「じゃあ、私一度帰ります」

 食事と片付けを終えてシャワーを浴びたあと、歯を磨いた私はコートを着ようとする。

「なんで?」

「え? なんでって……。着替えないとなりませんし」

 目を瞬かせて返事をすると、尊さんは「ちょっと君、来なさい」と言って私の手を握り、歩いていく。

 着いたのは私に宛がわれた部屋で、彼が何をしたんだか分からない私は、立ち止まって首を傾げる。

「クローゼット開けてみ」

「はぁ……」

 室内のクローゼットは、壁の一面をまるまる使った豪華な物だけど、そこにはルームウェアぐらいしか入っていないはずだ。

(なんじゃろ)

 白い折れ戸を開いた私は、「ん!?」と目を見開いて固まった。

 クローゼットの中には、見た事のないレディースの服が沢山掛かっていた。

「朱里の大体のサイズは把握してるから、うちに泊まった時でも着替えに戻らなくて済むように、ある程度の物を揃えておいた」

「ほええ……」

 私は呆然としつつ、手近にあったブラウスを見てみた。

 鮮やかな花柄のブラウスはめちゃくちゃ私好みで、某GGマークの物だ。

 他にも白いボウタイブラウスやシンプルなトップスもあり、さらにスカートやワンピース、アウターなど、私の好みドンピシャなアイテムが揃っていた。

 お洒落着だけでなく、カジュアルなトレーナーやパーカー、ジーンズもあり、ルームウェアやパジャマも揃っている。

 服だけでなく、隅にある引き出しにはやはり私が普段好んで来ている色味のセーターやベルトなどもあり、未開封のシューズボックスやバッグの入った箱も積まれてあった。

「はああ……」

 溜め息をついた私は、眉を下げて尊さんを見る。

「……初孫を喜ぶお爺ちゃんみたい……」

「おい! 第一声がそれか!」

 尊さんは思いっきりガッカリした顔で、私に突っ込みを入れる。

「総額幾ら掛かりました? どれもブランド物ですし……、むぐ」
 そう言った途端、尊さんが私の顎を掴んで親指を唇に押しつけてきた。

「躾その一とその二は?」

 クリスマスデートの時に言われた事を尋ねられ、私はおずおずと返事をする。

「値段を気にしない。遠慮しない」

「Exactly」

 尊さんはあの時と同じ返事をし、私の肩を抱いてくる。

「好きな女に自分の買った服を着せるって、やってみたかったんだよ」

「アカリちゃん人形ですか……」

 私は彼の胸板に顔を寄せ、苦笑いして言う。

「まだ少ししか買ってないし、朱里の手持ちも入れたいだろうから、これからデートを重ねて服を買っていこう。アクセサリーや帽子とかもだし、……下着もな」

「もう……」

 私は真っ赤になって文句を言いながらも、彼の体に腕を回しギュッと抱き締める。

「あんまり甘やかすと、あとが怖いんですからね?」

「無添加の最高級カリカリも用意しておく」

「だから猫じゃないですって」

 ポンッと尊さんの胸板を叩くと、彼はクスクス笑う。

「ま、キャットタワーはホテルや旅行先のタワーで我慢してもらって、爪とぎは……、ここな」

 そう言って、尊さんは私をギュッと抱き締め、手を背中に回させる。

 行為中に気持ちよすぎて爪を立ててしまった事を思いだし、私はカーッと赤面した。

「せっかく美人猫を手に入れたんだから、下僕として世話を焼かせていただきますとも。朱里の綺麗な毛並みのためなら、何でもする」

 尊さんは優しく微笑むと、私の手をとって甲に口づけた。

「……も、もぉぉ……」

 照れて赤面した私は彼の胸板に額をつけ、グリグリと顔を押しつける。

「……じゃあ、せっかくだから服、着させてもらいます。……あ、ありがとうございます……」

「OK。……よし! 元彼に会いに行くのに、イマカレが贈った服を着る彼女、最高!」

 明るく言った尊さんの言葉を聞き、私はガクッと脱力したのだった。



**



 昭人とは十二時に現地集合になっていて、私たちは尊さんの車で移動し、十一時半にはカフェ近くの駐車場に着いていた。

 三十分前には尊さんがカフェに入り、遅れて私が入店する手はずだ。

 それはそうと〝変装〟した彼は髪を下ろしたまま、黒縁の伊達眼鏡を掛けている。

 いつもはシュッとしたきれいめの服装をなのに、今日はストレートデニムにシャツとグレーのトレーナーを重ね着し、モッズコートにスニーカー、ニット帽という服装だ。

 それがまた……! いつもと違ってめちゃくちゃ格好いいので、昭人との約束さえなかったら、撮影会をして腕を組んでデートしたいぐらいだった。

 私はといえば、少しでも奴に「可愛い」と思われるのが嫌で、思いっきりカジュアルな格好をした。

 胸元にロゴマークのついた紫のパーカーに、ライトグレーのジャージ素材のタックパンツ、その上にショート丈の黒いダウンジャケットを着て、足元はスニーカーだ。

 簡単な纏め髪にして、耳にアクセサリーはなし。

 でも、お守りだと思って、尊さんからもらった馬鹿高いネックレスは、服の下に隠してつけておいた。

 私は二十分ぐらいブラブラと大学付近の懐かしい町並みを散策してから、千駄木駅近くにあるカフェに入った。
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