部長と私の秘め事
元彼との決着
カフェに入ってキョロキョロすると、すぐ入り口に背を向けて座っている尊さんを見つけた。
「朱里、こっち」
名前を呼ばれてそちらを見れば、昭人が手を振っている。
彼はいつもと変わらないモノトーンを基調にした服装で、感情表現が薄そうな顔も記憶にある通り。
「ども」
昭人が座っている席は尊さんの席から二つ隣で、会話を聞くのに丁度いい距離かもしれないけれど、その気になってよく見れば顔バレしそうな距離でもある。
私は少しドキドキしながら席に向かい、ダウンジャケットを脱いで席に着いた。
私はカフェオレ、昭人はコーヒーを頼み、なんとなく気まずくなってお水を飲む。
「元気だったか? ……ていうか、先日顔を見たばっかりだけど」
「うん、元気」
素っ気ない返事だったからか、昭人は少し焦った表情で嫌な事を尋ねてきた。
「俺と別れてから、凄く落ち込んでたって聞いたけど」
うわぁ……、それを聞くんだ……。
「そんな嫌な顔するなよ」
しまった。気持ちが顔に出てしまったみたいだ。
「……先に言っておくけど、私はもう昭人の事、なんとも思ってないからね?」
私は先制攻撃に右ストレートを出す。
昭人はぐっ、と言葉に詰まった表情をしたあと、視線をさまよわせて言う。
「……あの性格悪い男と、うまくいってるのか?」
「確かに見方によっては性格悪いけど、凄く優しい人だよ。でも私が彼を大切にする理由を、いちいち昭人に紹介する義理はない」
スパッと言うと、今度はボディブローが効いたのか、また昭人は黙り込んだ。
「……九年付き合った男に言う言葉がそれか?」
やがて彼は絞り出すように言ったけれど、私は淀みなく返事をする。
「『女の恋愛は上書き保存』って言葉、知らない? 男の恋愛は『名前を付けて保存』で、いつでも懐かしがる事ができるかもしれない。でも私は嫌な別れ方をした恋愛を振り返りたくないの。昭人が言ったように、私はフラれたあと一年近く未練を抱いたし、あんたが別れてすぐ相良さんと付き合ってスピード結婚って聞いて、再起不能になった。……そんな私が、やっと前向きになって今の彼氏と幸せになれてるんだよ? 自分を捨てた男に未練を抱いてる訳がないじゃない」
「……俺は朱里と付き合っていた時、楽しかったけど」
「私も当時は楽しかったよ。水族館とか美術館とか、行きたい場所が被ってたし、昭人っていう〝彼氏〟がいて安心した」
でも、それだけだ。
私の言葉はすべて過去形で、『あの時は楽しかった』とは感じていても、『あの時に戻りたい』という感情はない。
「傷つけるかもしれない事を言うけど、多分、当時の私は空虚感を満たしてくれる人なら、誰でも良かったのかもしれない」
「誰でも良かった?」
彼は眉間に皺を寄せ、困惑した顔で私を見てくる。
「昭人とは『気が合いそうかも』と思ったから付き合ったし、まあまあ相性は良かったから九年続いたんだと思う。……でも『この人以外愛せない』っていうほど、昭人に夢中ではなかった」
昭人は難しい顔をして溜め息をつき、テーブルの下で脚を組む。
「そういう反応するけど、昭人だって私にベタ惚れじゃなかったでしょ。フッたって事は私に魅力を感じなくなったんだろうし、別れてすぐ新しい人に鞍替えできたなら、その程度の気持ちだったんだと思う」
「いや……、それは……」
昭人はうろたえて言葉を濁し、落ち着かなく視線を泳がせる。
「言いたい事があるなら言えば? 多分、もう会う事はないと思うから、お互いスッキリしとこ?」
昭人は私を見て、怖い物でも見たような顔をしていた。
「……朱里って、前から物事をスパッと切り捨てるところがあったけど、今日は冴え渡ってるな」
「傷つけたならごめん。でも最初に言ったように、私は今、昭人とよりを戻したいって、まったく思ってないから、自分を良く見せようと思う気持ちもないんだよね」
左アッパーが効いたらしく、昭人はしばらく黙っていた。
やがて彼は、ポツポツと自分の気持ちの移り変わりを語り出した。
「……学生時代、朱里はいつも一人だったし、美人で気になっていたから『近づきたい』って思って声を掛けた。とっつきにくい雰囲気はあったけど意外と普通に話せて、『もっと知りたい』と思って沢山デートに誘った」
やっぱり外見ありきなのか。
第一印象の半分は外見で決まるっていうから、ある意味仕方ない事なのかな。
「朱里はいつも澄ましてるけど、笑ったら可愛い。良さを見つけたあと、もっと好きになってほしいと思って色々頑張ったけど……、お前はいつまでも心の中にラインを引いたままだった」
「そんなラインあったっけ」
多分、ずっと〝忍〟を気にしていたからだと思うけど、その辺りを昭人に言うつもりはない。
「朱里、こっち」
名前を呼ばれてそちらを見れば、昭人が手を振っている。
彼はいつもと変わらないモノトーンを基調にした服装で、感情表現が薄そうな顔も記憶にある通り。
「ども」
昭人が座っている席は尊さんの席から二つ隣で、会話を聞くのに丁度いい距離かもしれないけれど、その気になってよく見れば顔バレしそうな距離でもある。
私は少しドキドキしながら席に向かい、ダウンジャケットを脱いで席に着いた。
私はカフェオレ、昭人はコーヒーを頼み、なんとなく気まずくなってお水を飲む。
「元気だったか? ……ていうか、先日顔を見たばっかりだけど」
「うん、元気」
素っ気ない返事だったからか、昭人は少し焦った表情で嫌な事を尋ねてきた。
「俺と別れてから、凄く落ち込んでたって聞いたけど」
うわぁ……、それを聞くんだ……。
「そんな嫌な顔するなよ」
しまった。気持ちが顔に出てしまったみたいだ。
「……先に言っておくけど、私はもう昭人の事、なんとも思ってないからね?」
私は先制攻撃に右ストレートを出す。
昭人はぐっ、と言葉に詰まった表情をしたあと、視線をさまよわせて言う。
「……あの性格悪い男と、うまくいってるのか?」
「確かに見方によっては性格悪いけど、凄く優しい人だよ。でも私が彼を大切にする理由を、いちいち昭人に紹介する義理はない」
スパッと言うと、今度はボディブローが効いたのか、また昭人は黙り込んだ。
「……九年付き合った男に言う言葉がそれか?」
やがて彼は絞り出すように言ったけれど、私は淀みなく返事をする。
「『女の恋愛は上書き保存』って言葉、知らない? 男の恋愛は『名前を付けて保存』で、いつでも懐かしがる事ができるかもしれない。でも私は嫌な別れ方をした恋愛を振り返りたくないの。昭人が言ったように、私はフラれたあと一年近く未練を抱いたし、あんたが別れてすぐ相良さんと付き合ってスピード結婚って聞いて、再起不能になった。……そんな私が、やっと前向きになって今の彼氏と幸せになれてるんだよ? 自分を捨てた男に未練を抱いてる訳がないじゃない」
「……俺は朱里と付き合っていた時、楽しかったけど」
「私も当時は楽しかったよ。水族館とか美術館とか、行きたい場所が被ってたし、昭人っていう〝彼氏〟がいて安心した」
でも、それだけだ。
私の言葉はすべて過去形で、『あの時は楽しかった』とは感じていても、『あの時に戻りたい』という感情はない。
「傷つけるかもしれない事を言うけど、多分、当時の私は空虚感を満たしてくれる人なら、誰でも良かったのかもしれない」
「誰でも良かった?」
彼は眉間に皺を寄せ、困惑した顔で私を見てくる。
「昭人とは『気が合いそうかも』と思ったから付き合ったし、まあまあ相性は良かったから九年続いたんだと思う。……でも『この人以外愛せない』っていうほど、昭人に夢中ではなかった」
昭人は難しい顔をして溜め息をつき、テーブルの下で脚を組む。
「そういう反応するけど、昭人だって私にベタ惚れじゃなかったでしょ。フッたって事は私に魅力を感じなくなったんだろうし、別れてすぐ新しい人に鞍替えできたなら、その程度の気持ちだったんだと思う」
「いや……、それは……」
昭人はうろたえて言葉を濁し、落ち着かなく視線を泳がせる。
「言いたい事があるなら言えば? 多分、もう会う事はないと思うから、お互いスッキリしとこ?」
昭人は私を見て、怖い物でも見たような顔をしていた。
「……朱里って、前から物事をスパッと切り捨てるところがあったけど、今日は冴え渡ってるな」
「傷つけたならごめん。でも最初に言ったように、私は今、昭人とよりを戻したいって、まったく思ってないから、自分を良く見せようと思う気持ちもないんだよね」
左アッパーが効いたらしく、昭人はしばらく黙っていた。
やがて彼は、ポツポツと自分の気持ちの移り変わりを語り出した。
「……学生時代、朱里はいつも一人だったし、美人で気になっていたから『近づきたい』って思って声を掛けた。とっつきにくい雰囲気はあったけど意外と普通に話せて、『もっと知りたい』と思って沢山デートに誘った」
やっぱり外見ありきなのか。
第一印象の半分は外見で決まるっていうから、ある意味仕方ない事なのかな。
「朱里はいつも澄ましてるけど、笑ったら可愛い。良さを見つけたあと、もっと好きになってほしいと思って色々頑張ったけど……、お前はいつまでも心の中にラインを引いたままだった」
「そんなラインあったっけ」
多分、ずっと〝忍〟を気にしていたからだと思うけど、その辺りを昭人に言うつもりはない。