部長と私の秘め事
「やっぱり朱里が好きなんだ。朱里は浮ついてなくて信頼できる。調子のいい事を言わないから安心感があるんだ。加代は化粧を落としたらブスだし、胸も小さくて頭も悪い。所詮、合コンでお持ち帰りできるレベルの女だったんだ。不倫なんて、人間として終わってるだろ。若さと化粧で作った顔で、一時のスリルを味わって人生を壊す、頭の悪い女なんて関わりたくない。……あんな低スペックの女、あと十年経てば、ただの厚化粧の若作りババアになり下がる。その点、朱里は美人だし胸も大きいし、自立してるし、頭もいいし……」
私は加代さんを悪く言って薄ら笑いを浮かべる昭人を、死んだ目で見ていた。
漫画で言えばハイライトが消えた目だ。
……ちょっと待て。突っ込み所が多すぎて考えがついていかない。
こいつ、ちょっと前まで加代さんを褒めてなかったっけ? なのに都合が悪くなると、掌を返して悪口ばっかり……。
……というか、そうだよ。こいつはこういう奴だった。
〝思い出した〟瞬間、こいつにされた数々の嫌な事が、当時の怒りと共に脳裏に蘇る。
(あー、駄目、駄目。無理)
まだ昭人がゴチャゴチャ言っているけど、私はバッグからお財布を出して千円札をテーブルの上に置き、立ち上がるとダウンジャケットを着た。
「朱里!」
昭人が焦った顔をして立ちあがるけれど、もう一分一秒でもこいつと同じ空気を吸いたくなかった。
「ごめん、もう無理。これ以上話を聞きたくない。千円出すからあとは宜しく」
そう言って私はカフェオレを一気飲みし、「ごちそうさまでした」と言ってカフェを出た。
頭の中は怒りと悲しみで一杯だ。
あれ以上昭人の話を聞いていれば、感情的になって大きな声を出し、店内の人に迷惑を掛けていただろう。
何も考えずにスタスタ歩いていたけれど、すぐに後ろから昭人が「朱里!」と私を呼び、バタバタと追いかけてきた。
「待ってくれよ! まだ話が終わってない」
グイッと腕を掴まれたけれど、私はその手を乱暴に振り払う。
「……っ、もうやめてよ!」
――もう駄目だ。
限界を感じた瞬間、両目からボロッと涙が零れてしまった。
その間も、今まで昭人に言われた嫌な言葉が蘇り、私の心をかき乱してくる。
「さっきから何なの? 自分が何を言ってるか分かってる? 私を捨てて相良さんを選んだくせに不倫してたから別れた? それでまた私と付き合いたい? 胸が大きくて見た目がいいから、連れて歩いて気分がいい? メイクで盛った女の子はまやかし? 学歴がそんなに大事? 気持ちよく褒めてもらったら、コロッと傾いたくせに? あと言っとくけど、三十代の女性がババアなら、十年後のあんたもジジイだよ!」
私が泣く姿を見た事がなかったからか、昭人は目を丸くして固まっている。
「あんたはおだててほしかったから、相良さんを好きになったんだよ。私は自分の事ばっかりで、昭人の自尊心をくすぐる事を言えなかった。その意味で私は昭人に合わない彼女だったかもしれない。それでも、当時の私はあんたと一緒にいて心地よく思っていたし、結婚できると思ってた……っ」
今さら昭人との結婚が惜しい訳じゃない。私は悔しくて堪らないんだ。
昔の私はこんな男を一生懸命好きになろうと努力し、フラれてボロボロになった。
そう思うと、自分があまりにバカで泣けてくる。
本当は浮気されて捨てられたのに、私は自分の落ち度でフラれたと思い『どこが悪かったんだろう? 言ってくれたら直すのに』って病むほど悩んだ。
こんな男のために、泣いて悩んで、頭を一杯にして……。
「じゃあ、俺とやり直そうよ」
勘違いした昭人が期待した目で言った時、誰かが私の前に立ちはだかった。
その人の顔が見えなくても、フワッと香ったこの匂いで分かる。
「お前、いい加減にしとけよ」
怒気を孕んだ低い声で言ったのは――、尊さんだ。
「な……っ、なんでお前がいるんだよ!?」
驚いた昭人は悲鳴じみた声を上げ、一歩下がる。
「お……っ、俺が朱里と会うのを知ってつけてたのか!? 随分嫉妬深い彼氏だな! 朱里、こんな奴とは別れたほうがいいぞ。あとで絶対後悔するから!」
昭人はずっと見られていた気まずさをごまかすように、尊さんを非難しだす。
「俺は朱里の婚約者だ。元彼が自分の女に会いたいなんて言ったら、警戒するの当たり前だろ。バカかお前」
「あんた、朱里の上司だろ。知ってるんだからな。上司の立場を利用して迫ったんだろうけど、こいつが好きなタイプはあんたみたいな男じゃないんだよ。どうせ傷心の朱里に声を掛けて、強引に迫っ……」
昭人がそこまで言った瞬間、カッとなった私はバンッと彼の頬を叩いていた。
「尊さんを悪く言うな!」
私は涙を流し、昭人を怒鳴りつける。
私は加代さんを悪く言って薄ら笑いを浮かべる昭人を、死んだ目で見ていた。
漫画で言えばハイライトが消えた目だ。
……ちょっと待て。突っ込み所が多すぎて考えがついていかない。
こいつ、ちょっと前まで加代さんを褒めてなかったっけ? なのに都合が悪くなると、掌を返して悪口ばっかり……。
……というか、そうだよ。こいつはこういう奴だった。
〝思い出した〟瞬間、こいつにされた数々の嫌な事が、当時の怒りと共に脳裏に蘇る。
(あー、駄目、駄目。無理)
まだ昭人がゴチャゴチャ言っているけど、私はバッグからお財布を出して千円札をテーブルの上に置き、立ち上がるとダウンジャケットを着た。
「朱里!」
昭人が焦った顔をして立ちあがるけれど、もう一分一秒でもこいつと同じ空気を吸いたくなかった。
「ごめん、もう無理。これ以上話を聞きたくない。千円出すからあとは宜しく」
そう言って私はカフェオレを一気飲みし、「ごちそうさまでした」と言ってカフェを出た。
頭の中は怒りと悲しみで一杯だ。
あれ以上昭人の話を聞いていれば、感情的になって大きな声を出し、店内の人に迷惑を掛けていただろう。
何も考えずにスタスタ歩いていたけれど、すぐに後ろから昭人が「朱里!」と私を呼び、バタバタと追いかけてきた。
「待ってくれよ! まだ話が終わってない」
グイッと腕を掴まれたけれど、私はその手を乱暴に振り払う。
「……っ、もうやめてよ!」
――もう駄目だ。
限界を感じた瞬間、両目からボロッと涙が零れてしまった。
その間も、今まで昭人に言われた嫌な言葉が蘇り、私の心をかき乱してくる。
「さっきから何なの? 自分が何を言ってるか分かってる? 私を捨てて相良さんを選んだくせに不倫してたから別れた? それでまた私と付き合いたい? 胸が大きくて見た目がいいから、連れて歩いて気分がいい? メイクで盛った女の子はまやかし? 学歴がそんなに大事? 気持ちよく褒めてもらったら、コロッと傾いたくせに? あと言っとくけど、三十代の女性がババアなら、十年後のあんたもジジイだよ!」
私が泣く姿を見た事がなかったからか、昭人は目を丸くして固まっている。
「あんたはおだててほしかったから、相良さんを好きになったんだよ。私は自分の事ばっかりで、昭人の自尊心をくすぐる事を言えなかった。その意味で私は昭人に合わない彼女だったかもしれない。それでも、当時の私はあんたと一緒にいて心地よく思っていたし、結婚できると思ってた……っ」
今さら昭人との結婚が惜しい訳じゃない。私は悔しくて堪らないんだ。
昔の私はこんな男を一生懸命好きになろうと努力し、フラれてボロボロになった。
そう思うと、自分があまりにバカで泣けてくる。
本当は浮気されて捨てられたのに、私は自分の落ち度でフラれたと思い『どこが悪かったんだろう? 言ってくれたら直すのに』って病むほど悩んだ。
こんな男のために、泣いて悩んで、頭を一杯にして……。
「じゃあ、俺とやり直そうよ」
勘違いした昭人が期待した目で言った時、誰かが私の前に立ちはだかった。
その人の顔が見えなくても、フワッと香ったこの匂いで分かる。
「お前、いい加減にしとけよ」
怒気を孕んだ低い声で言ったのは――、尊さんだ。
「な……っ、なんでお前がいるんだよ!?」
驚いた昭人は悲鳴じみた声を上げ、一歩下がる。
「お……っ、俺が朱里と会うのを知ってつけてたのか!? 随分嫉妬深い彼氏だな! 朱里、こんな奴とは別れたほうがいいぞ。あとで絶対後悔するから!」
昭人はずっと見られていた気まずさをごまかすように、尊さんを非難しだす。
「俺は朱里の婚約者だ。元彼が自分の女に会いたいなんて言ったら、警戒するの当たり前だろ。バカかお前」
「あんた、朱里の上司だろ。知ってるんだからな。上司の立場を利用して迫ったんだろうけど、こいつが好きなタイプはあんたみたいな男じゃないんだよ。どうせ傷心の朱里に声を掛けて、強引に迫っ……」
昭人がそこまで言った瞬間、カッとなった私はバンッと彼の頬を叩いていた。
「尊さんを悪く言うな!」
私は涙を流し、昭人を怒鳴りつける。